(B05)戦国のオーディナリー・ピープル|『国を蹴った男』感想(★★★★★)
先日、『アイム・ソー・エキサイテッド!』のことをぼろくそに書いてしまいましたが、ありゃスペイン映画を鑑賞するこちらの姿勢が間違っていることに気づきました。スペイン映画は(全部ってわけではないけれど)ドラマ&コメディ&エロの3要素で成り立っていまして、そのうちのドラマは、論理的な整合性より全体の面白さが優先される。同作冒頭で、離陸したところで乗客が操縦席に押し寄せてきて、しかも中に入れてしまったものだから「そりゃないだろう」とつまらない常識が先に立ち、理解しようとしてできないままに話が進んでしまうというズレが生じたんでしょうね。確認のためもう1回観るかと問われると、そりゃ無理だと答えますが。
昨年末、BS11で放映されている「宮崎美子のすずらん本屋堂」で紹介されているのを見て、無性に読みたくなった一冊。伊東潤氏の著作は以前に読んだ『巨鯨の海』も面白かったので、期待大ですよ。
それぞれの物語は直接にはリンクしていない、けれども微妙に重なっている戦国短編連作で、あまりスポットライトを浴びることのない人々を主役に据えています。
「牢人大将」は武田牢人衆の那波無理之介の話。牢人故、「無理を通さねば攻を挙げられぬ」の意気で戦う那波藤太郎は、信玄に「無理之介」の名をいただきます。信玄没後、武田家は長篠の戦いで文字通り壊滅するわけですが、戦勢に利なしと見るや雪崩を打ったように逃げ惑う家臣団に対し、家を持たぬ牢人衆は最後まで奮戦します。何故か。
「われらが逃げぬは、忠義心からではありませぬ。われらは、仕事をせねば飯が食えぬのです。たとえそれが死地であろうと、われらは託された仕事を全うすることで、食い扶持を得ています。いったん逃げ出してしまえば、われらは糧を得ることはできませぬ。それが、逃げても飯の食える直臣の方々とは違うのです」
牢人衆=派遣社員、直臣=正社員と考えるとわかりやすいか。牢人衆のプロフェッショナリズムに落涙。星一つ。
「戦は算術に候」。算術に長ける長束正家と石田三成が主人公。正家は『のぼうの城』の忍城に対する水攻めを指揮。最初は「算術に間違いはござらぬ」の言葉通りうまくいったものの、梅雨明けで水量が減るとたちまち効果が薄れます。この算術偏重に対し、石田三成は豊臣秀吉の言葉「道具は使うもので、使われてはならぬということだ」を思い出します。ここで言う道具は算術。しかし道具は人でもあることを、関ヶ原の戦いで思い知らされることになるのです。
「算盤がいかに正しき答えを弾き出しても、それが正しいか否か、疑ってかかる必要がある」
それが正しいかどうかは別として、簡単に情報を得られる時代に重く響く言葉であります。星一つ。
「毒蛾の舞」。賤ヶ岳の戦いにおける、佐久間盛政の物語。秀吉を罠にはめたつもりが、気づいたら自分が罠にはまっていたという悲劇。しかもその罠は、時間をかけて全身を冒す毒だった。まつマジ毒婦。
「人とは真に浅ましき生き物だ。どれだけ多くの武士が、死を前にして醜態を晒してきたか、わしはそれを嫌というほど見てきた。又左のように覚悟なき者は、死を前にすれば恩義などというものを忘れ、生き物としての本能に従うのだ」
そう言った勝家は、だから好機なのに秀吉を攻めきれなかった。そしてその言葉通り、又左を要に置いた盛政も敗れた。敗戦後、家臣に加われという秀吉の誘いを断って自害した盛政は、又左に勝利宣言をしたものの、結局、自分も「本能」に従って敗れたわけだから、まつには勝てなかったわけです。漢として勝って男として負けた盛政に星一つ。
「天に唾して」。山上宗二が主人公。秀吉とのバトルが熱い。最後、宗二は秀吉に負け犬宣告を下す。
「秀吉は己の欲望に対して常に敗者だった。勝てば勝つほど、得れば得るほど、欲望は、それ以上のものを秀吉に求めた。それゆえ秀吉は、欲望の走狗として死ぬまで働かなければならなかった」
欲望は道具として使えばいいのであって、欲望に支配されては身を滅ぼすよね、と、「戦は算術に候」の教訓が思い出されます。星一つ。
「国を蹴った男」は、鞠職人の五助と今川氏真の話。氏真は、戦国武将としての評価は今一つですが、生まれた時代が、家が悪かったとも言えます。五助との会話にほろりとさせられます。
「わしなど鞠を蹴るか歌を詠むほかになにもできぬ男だ」
「──蹴鞠や和歌がうまくて、何が悪い。欲にかられた餓鬼ばかりの世にあって、これほどのお方がいようか」
「鞠とは不思議なものよの。正しく蹴れば思うように戻ってくる」
「この世も、鞠のようであればよかったのにな」
何故か五助の面倒を見る宗兵衛の存在がミステリになっているのがまた趣深し。星一つ。表題作がやっぱり一番面白い。
家康が義理を果たした、ということもありますが、氏真のような人物が平穏に余生を送れる世の中が訪れたことに希望を見出せます。
昨年末、BS11で放映されている「宮崎美子のすずらん本屋堂」で紹介されているのを見て、無性に読みたくなった一冊。伊東潤氏の著作は以前に読んだ『巨鯨の海』も面白かったので、期待大ですよ。
それぞれの物語は直接にはリンクしていない、けれども微妙に重なっている戦国短編連作で、あまりスポットライトを浴びることのない人々を主役に据えています。
「牢人大将」は武田牢人衆の那波無理之介の話。牢人故、「無理を通さねば攻を挙げられぬ」の意気で戦う那波藤太郎は、信玄に「無理之介」の名をいただきます。信玄没後、武田家は長篠の戦いで文字通り壊滅するわけですが、戦勢に利なしと見るや雪崩を打ったように逃げ惑う家臣団に対し、家を持たぬ牢人衆は最後まで奮戦します。何故か。
「われらが逃げぬは、忠義心からではありませぬ。われらは、仕事をせねば飯が食えぬのです。たとえそれが死地であろうと、われらは託された仕事を全うすることで、食い扶持を得ています。いったん逃げ出してしまえば、われらは糧を得ることはできませぬ。それが、逃げても飯の食える直臣の方々とは違うのです」
牢人衆=派遣社員、直臣=正社員と考えるとわかりやすいか。牢人衆のプロフェッショナリズムに落涙。星一つ。
「戦は算術に候」。算術に長ける長束正家と石田三成が主人公。正家は『のぼうの城』の忍城に対する水攻めを指揮。最初は「算術に間違いはござらぬ」の言葉通りうまくいったものの、梅雨明けで水量が減るとたちまち効果が薄れます。この算術偏重に対し、石田三成は豊臣秀吉の言葉「道具は使うもので、使われてはならぬということだ」を思い出します。ここで言う道具は算術。しかし道具は人でもあることを、関ヶ原の戦いで思い知らされることになるのです。
「算盤がいかに正しき答えを弾き出しても、それが正しいか否か、疑ってかかる必要がある」
それが正しいかどうかは別として、簡単に情報を得られる時代に重く響く言葉であります。星一つ。
「毒蛾の舞」。賤ヶ岳の戦いにおける、佐久間盛政の物語。秀吉を罠にはめたつもりが、気づいたら自分が罠にはまっていたという悲劇。しかもその罠は、時間をかけて全身を冒す毒だった。まつマジ毒婦。
「人とは真に浅ましき生き物だ。どれだけ多くの武士が、死を前にして醜態を晒してきたか、わしはそれを嫌というほど見てきた。又左のように覚悟なき者は、死を前にすれば恩義などというものを忘れ、生き物としての本能に従うのだ」
そう言った勝家は、だから好機なのに秀吉を攻めきれなかった。そしてその言葉通り、又左を要に置いた盛政も敗れた。敗戦後、家臣に加われという秀吉の誘いを断って自害した盛政は、又左に勝利宣言をしたものの、結局、自分も「本能」に従って敗れたわけだから、まつには勝てなかったわけです。漢として勝って男として負けた盛政に星一つ。
「天に唾して」。山上宗二が主人公。秀吉とのバトルが熱い。最後、宗二は秀吉に負け犬宣告を下す。
「秀吉は己の欲望に対して常に敗者だった。勝てば勝つほど、得れば得るほど、欲望は、それ以上のものを秀吉に求めた。それゆえ秀吉は、欲望の走狗として死ぬまで働かなければならなかった」
欲望は道具として使えばいいのであって、欲望に支配されては身を滅ぼすよね、と、「戦は算術に候」の教訓が思い出されます。星一つ。
「国を蹴った男」は、鞠職人の五助と今川氏真の話。氏真は、戦国武将としての評価は今一つですが、生まれた時代が、家が悪かったとも言えます。五助との会話にほろりとさせられます。
「わしなど鞠を蹴るか歌を詠むほかになにもできぬ男だ」
「──蹴鞠や和歌がうまくて、何が悪い。欲にかられた餓鬼ばかりの世にあって、これほどのお方がいようか」
「鞠とは不思議なものよの。正しく蹴れば思うように戻ってくる」
「この世も、鞠のようであればよかったのにな」
何故か五助の面倒を見る宗兵衛の存在がミステリになっているのがまた趣深し。星一つ。表題作がやっぱり一番面白い。
家康が義理を果たした、ということもありますが、氏真のような人物が平穏に余生を送れる世の中が訪れたことに希望を見出せます。
by non-grata
| 2014-02-05 10:42
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