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おっさんノングラータ

武術とは生命力を磨くこと?|『荒天の武学』感想

武術とは生命力を磨くこと?|『荒天の武学』感想_d0252390_12315531.jpg武道にはまるで興味ないのだが、店頭でぱらっとめくった頁に、日頃思っていることが書かれていたので購入を決めた。これぞ書店巡りの醍醐味と、昨日と同じことを書く。

それは戦後日本が抱える問題の根幹について言及したもので、少し長くなるけれど以下、引用。

これは前の戦争の負け方がいけなかったんじゃないかとぼくは思っています。本来であれば、敗戦国民は歯がみしながら、「次は負けない」とつぶやくものです。(中略)「絶対に負けないためのベストの選択は、もう二度と戦争をしないことだ」という結論に至ることができる。でも、日本軍はそうしたわけじゃない。「二度と戦争はしません」とまず宣言することによって、「なぜ負けたのか」についての精査義務を放棄した。「一億総懺悔」で、失敗をすべて不問に付した。

さらに言えば、東京裁判で裁かれた「戦犯」を生け贄にすることで、国民は責任から逃れたのである。戦争放棄は本来、重大な選択であるにもかかわらず、その場凌ぎで選んだものだからいかにも軽い。それと同じ軽佻浮薄さを、内田樹、光岡英稔の二人は原発の再稼働にも見るのである。

武道家の対談で何故、歴史や時事問題が語られるのか。対談では世界中の武道に関すること、光岡氏のハワイでの武勇伝など、フィジカルな話題も多いが、二人が強調するのは武道はフレームワークではないということ。普段の稽古や試合のように決まった「型」を学ぶという側面があるが、現実には何が起こるかわからない。いきなり暴漢が現れてナイフを突き出してくるかもしれないし、拳銃を持っているかもしれない。そのように、シミュレートできない状況においても最適解を出せるスキルを磨くことが武道なのである。

9.11の同時多発テロや3.11の震災、原発事故は想定不可能な災厄と言える。が、我が身に降りかかる危機であることに違いはない。それらを「想定外」とせず、危機回避できるようにするためには、政治や社会、経済問題について無関心でいられないのだ。これが「荒天の武学」の考え方。武士が今の世に生きていれば、身体を動かすことだけではなく、政治や経済を深く学んでいるはずだ(そう言えばNHK大河ドラマ『八重の桜』第1回でも、八重の兄が蘭学を必死で学ぶエピソードが描かれていた)。

二人の博学に驚かされつつ、注釈で世界中のマーシャル・アーツを学びつつ、いかに自分なりの「荒天の武学」を身につけようかと考えさせられる。






by non-grata | 2013-01-10 13:11 | 読書

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