おっさんノングラータ

(B36)「描いていないと馬鹿になる」|『歌川国芳猫づくし』(風野真知雄)感想

7月19日から21日まで、しまなみ海道〜福山〜倉敷〜福崎〜福知山を旅行してきました。20日はほぼ移動せず、実質2日間で約800km。DN-01のデビュー戦です。

高速道路はゆっくり走るぶんには問題なく、早く大型のスクリーンに交換して楽したいものです。峠道では車重を感じるものの、それ以前に自分が不慣れなのでもう少し何とかしたい。R427から福知山へ向かうR429の酷道は二度と走りたくありませんが。

ナビは、音声案内だけを頼りにGoogle Mapを使ってみましたが、まずまず実用レベル。しかし、節約のため手持ちのiPhonはデータ通信をオフにしてポケットwifiでインターネット接続しているので何かと面倒。RAMマウントをいじって再びPSPを搭載予定です。

まずはNarrative Clipの画像。
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山陽道? 連れの車(スバルXV)と一緒に走っておりまして、いつもだったらこちらが先行するところを、DN-01だと逆の立場に。のんびり行くのがいいんです。
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山陽道からしまなみ海道へ。一度最南端の大島へ行ってから大三島に戻り、それから福山へ行きました。
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大島では山道をぐりぐり上がってカレイ山展望台へ。ここから能島を見下ろすことができます。朝早かったからか見物人はゼロ。当日は狼煙リレーを行うとかで、展望台近くの空き地で狼煙の準備が行われていました。

大島では村上水軍博物館へ行き、その後で目の前にあった能島水軍へ。鯛の天ぷらをいただきました。
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お店には『村上海賊の娘』和田竜氏のサインも。
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食事の後は潮流体験へ。小説冒頭の描写がよくわかる、激しい潮流を間近で見られます。
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宿泊した福山市では瀬戸内料理が美味。しかし、その後の夜店で食べた鶏肉が悪かったのか激しい胃痛に襲われてダウン。何とか翌朝には復帰しました。この時期、毎週土曜日に駅近くで夜店を開いているのは賑やかで良いですね。

翌々日、倉敷から岡山ブルーラインで牛窓を経由しつつ日生からはR250で赤穂方面へ。ヘルメット頭頂部にGo Pro装着したような集団に煽られつつ姫路方面へ。そこから山陽道を利用して福崎へ上がり、R312からr8を西へ移動して水車公園のこっとん亭で麦とろ御膳をいただきました(リンク先、トイレの画像を載せなくても)。その後、r8を東へ移動してR427を北上。文句なしの快走路でした。前述した通り、R429経由で福知山へ入り、そこからは高速道路で帰還。途中のSAで「おばまガールズ」がフラダンスを披露しておりました。




d0252390_13254093.jpg2011年が歌川国芳没後150年にあたり、各地の美術館で展覧会が開かれた。残念ながら行きそびれてしまったが、猫好きとしては押さえておかねばならなかったところだ。

本作はその歌川国芳を主人公として連作短編で、「老い」を感じ始めた時期の物語。歌川国芳のことを知らなくても(私も、「猫の浮世絵師」くらいの認識しかなかった)クリエイターの苦悩と葛藤を描いた普遍的な小説として読むこともできる。

例えば「下手の横好き」。どうにも上達しない高齢の弟子がいるが、この旦那、とにかく春画を描くのが好き。それが高じてとある事件が起こるが、その執念が生み出したクリエイティビティには脱帽せざるを得ない。神は細部(ディテール)に宿るのか、それ以前にバランスが肝心なのかも考えさせられる話になっている。

北斎の娘お栄とのやり取りもそう。「高い塔の女」で国芳は言う。「描いていないと馬鹿になる。描いていれば、毎日、ちっとずつでも前に進んでいる気持ちになる」。国芳とお栄、クリエイター同士のやり取りが実にいい。

もちろん、猫好きにとっても楽しめるエピソードに事欠かない。歌川広重との勝負では、猫好きなら備えていて当然の「猫レーダー」(普通に通りを歩いているのに、どこにどんな猫がいるのかをたちどころに探知してしまう能力)の精度が試される。「猫がいなくなると、猫に置いていかれた気持ちになるのだ」は名言。

本作は「日常系ミステリ」に分類されることになるだろうか。国芳の風刺画が動物を使ったおかしみのあるものだったように、小説の中で謎が解き明かされていく様も、どこか温かみを感じさせるものだった。



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# by non-grata | 2014-07-22 14:47 | 読書

(B35)満願成就は幸せなことか|『満願』感想

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鯨を思わせるフォルム、利便性よりデザインを優先したつくり、排熱が右ふくらはぎを直撃する欠陥……乗り手をパーツの一つとしてしか考えていないんじゃないかと思われるDN-01を手に入れました。ポジションは思ったほど楽ではありませんが、今朝方1時間ほど走って腰が痛くなるようなことはなかったので(これがXVだと30分間乗っただけで痛くなる)合格です。

予想外だったのはRAMマウントに取り付けたPSPが振動で吹っ飛んだこと。幸い、ジャンプして太股の上に落ちてくれたので助かりましたが、対策を講じなければ。




d0252390_8264410.jpg全6話の短編小説集。表題作『満願』をはじめ、人の秘めたる願いと、それが叶ったり叶わなかったりすることで生まれる物語が紡がれている。警察小説風な話あり、ホラーあり、私小説ありと、さすがの筆さばき。

一読して良い話に思えても、常に人が抱える暗部を描くことを忘れない作者、米澤穂信の作品がアニメ化されたのには驚かされたが(『氷菓』)、アニメ作品も、きちんとその暗部を掘り下げていることに感嘆した。その上で、人には闇をも雲散させる力があることを、アニメ作品では教えてくれた。えるたそ〜である。

人が願いを叶えようとする時に発する力の熱量が大きいほど、叶った後、あるいは叶わなかった時に襲ってくる虚無感が強くなり、それを緩和してくれる存在がないため、ビターなエンドとなる。『満願』にはえるたそ〜はいないのだ。

本作は惜しくも直木賞を受賞できなかったが、一ファンとしては満願(かどうかは知らないが)成就まで、作品の熱量をどんどん高めていってもらいたいものである。



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# by non-grata | 2014-07-18 09:01 | 読書

(B34)手作り感あふれる……|『先生、ワラジムシが取っ組みあいのケンカをしています!』感想

主に本を買っている書店は3カ所で、紀伊国屋書店(昼休み)、ジュンク堂(会社帰り)、近所の近商内の書店(買い物ついで)。付録などおまけしてくれるので急がない時は近商の書店で注文しています(正確には家内にしてもらっています)。注文のついでということもあるのでしょうが、書店員さんが「ウチが注文するものは売れる」と思ってくれているらしく、『ワラジムシが〜』を1冊注文したところ、シリーズがずらりと書棚を占領したそうです。夏休みだしね、自由研究の参考になるかもしれません。




d0252390_16253537.jpg鳥取環境大学の小林教授が書いた「先生シリーズ」は好評のようで、既刊本の紹介によれば、本作を含めて全8作が敢行されている。他の7作も恐らく同じ体裁だろう、夏休みの自由研究発表を思わせる、手作り感のある誌面構成がユニークだ。文体も読みやすさを第一に考えられているようで、強調したい箇所が極太ゴシック体になっているなど、一昔前の「テキスト・サイト」を彷彿させる。見開きで2箇所も3箇所も太字強調されているので、テキスト・サイトが好きだった人にはたまらないかもしれない。

内容は副題にある通り、鳥取環境大学で教えられている「森の人間動物行動学」。ゼミでのエピソードや観察中の発見など(ワラジムシが餌をめぐって取っ組み合いの喧嘩をしたのだ)、いろんなエピソードが詰まっている。

個人的に面白かったのは鳥取環境大学“ツタ”物語。13年前の開学と同時に成長を始めたツタは、いつしか校舎の壁面を覆うまで成長する。ところが「ゲジ(トビイロトラガの幼虫)」が異常発生、ものすごい勢いでツタの葉を食べ始めたのだ。

そこへやってきたのが「捕食者」であるツバメ類やイソヒヨドリ。適度に「ゲジ」が駆逐され、ツタの葉は全体の50%ほどの損失で済んだのだった。

このエピソードで思い出されたのは『捕食者なき世界』。ツバメ類やイソヒヨドリがいなければ、「ゲジ」によってツタの葉は殲滅され、食べるもののなくなった「ゲジ」もいなくなったかもしれない。

などと、環境問題を考える足がかりとなる一冊。



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# by non-grata | 2014-07-15 16:54 | 読書

(B33)何個豆があるんや|『豆の上で眠る』感想

最近は週末の早朝短距離ツーリングが楽しみで、考えてみれば誰にも邪魔されず孤独になれる(ほぼ)唯一の時間で、ストレス解消になります。DUKE 125も乗りやすいし、言うことはありません。

r12〜R166〜R24〜R309の定番コース、帰りのR309で教科書に載りそうなバイク事故に遭いかけました。右車線を走行中、目の前の車が急に右折レーンへ移動、それを見た対向車線の右折レーンの車が飛び出してきます。(1)対向車線の右折レーンに車がいたことを認識していたのと、(2)恐らくABSがしっかり仕事をしてくれたので、事なきを得ました。

DN-01は無事納車されたものの、日曜日は雨で動けず。うーむ。




d0252390_17445252.jpg「豆の上で眠る」とは、アンデルセン童話『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』に由来する。主人公が子どもの頃、「姉」に読んでもらった話で、本当のお姫様なら幾重にも重ねられた布団の下に置かれたエンドウ豆に違和感を覚えるくらい繊細なものなんですよ、という寓話。それで王子様は本当のお姫様を見つけ出すのだが、そんな神経質なお姫様をパートナーにして、さて、王子様の精神は保つのだろうか。

ところが、本作では読者が背中にエンドウ豆を感じながら読み進めることになる。

主人公の「姉」、万祐子が行方不明になったという話は本当か。主人公の妄想ではないのか。作者の叙述トリックに引っかかっているのではないか。実は主人公はこの世のものではなく、周囲の幻想によってのみ存在しているのではないか。等々。一つ謎が明かされ、エンドウ豆がなくなったかと思えば、また別のエンドウ豆が背中に当たっている! そんな感じで次第に真相に近づいていく。

最後には全ての布団が作者の手によってめくられ、そこにエンドウ豆を見つけることができるが、それでも背中の違和感は拭えないはずだ。家族って何? 当たり前のことに、問いかけがなされる。最後の疑問だけは、自分で考えて応えを出すしかないのである。



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# by non-grata | 2014-07-14 17:59 | 読書

(B32)壬申の乱編もありますか?|『まほろばの王たち』感想

先日、書店でちらっと見かけた新書のタイトル、あるいは帯の惹句に、「読書は99%がアウトプット」とありました。恐らく、本は読むだけではなく、読んで何を思ったか、どう感じたのかをアウトプットする作業が大事、ということではないでしょうか。日頃そう感じてはいるものの、なかなか好きな本の話し相手が見つからないのは辛いものです。

今回紹介するのも良書、なのですが、読んでからずいぶん経って書くので細かなことを忘れていてしょんぼりだよ!




d0252390_15462560.jpg大化の改新から5年後の日本が舞台のファンタジー。クーデター後、強力な中央集権制度が敷かれようとして、都で、山で歪みが生じる──都には「鬼」が、山には「神喰い」が現れたのだ。都と山に住む者たちは疑心暗鬼に陥り、互いに相手があやかしを送り込んだのだと疑い始める。

多くのファンタジーで現代社会が風刺されているように、本作からもまた、様々なメッセージを受け取ることができる。

「道は人を繋げ、国を広げる良きものではないのですか?」
「道は人を変え、国を変えます。だが、山は変わらないし、変わることを望んでいない」

「道は確かに人を動かすだろう。物を四方に運ぶだろう。だが人も物も流れ去った山はどうなるのか。奉じる人のいなくなった神はどうなるのか」

「正義は誰か一人で決めて良いものではない。そのために、皇子と鎌足さまがこれから作る国の形と法の秩序が大切になってくる」
「ですが、心に正義の炎のない者が誰かを裁いたりすることはできません。法はその炎を燃やす助けでしかないはずです」

「人の命を弄んで事を成そうというのは、数ある術の中でもっとも醜いものだな」

「よそから持ち込んだ考えで装えば無理が出る。多くの者が傷つき、この騒ぎとは比較にならぬほどの悲劇が起きると何故わからないのだ。強い国、大きな国など、悲しみしか生まない。強さの上に立った民の幸せなど幻に過ぎん」

萌えあり(物部の姫・広足はマジヒロイン)、燃えあり(広足が仕える賀茂役小角はアツい)で、エンターテインメントとして純粋に楽しめる。と同時に「この国のかたち」について、読者に問題提起している。

この物語から15年ほど後に壬申の乱が起こる。その重要人物も登場しており、大海人皇子が吉野の山中から無事、脱出できたのは山の神の加護があったからか、などと邪推してしまう。本作の世界観で壬申の乱も読んでみたい。



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# by non-grata | 2014-07-11 16:31 | 読書

今年は何でも五つ星
by non-grata
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