おっさんノングラータ

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年取れば変化球を打てるようになると信じてた|『人生の特等席』感想

d0252390_757741.jpg長い人生、直球ばかりが飛んでくるとは限らない。時には緩い変化球が投げ込まれて対処できないことがある。「手が泳」いでしまうというやつだ。誰もかれもが唐突に直面するカーブを打てるわけではない。打てないと開き直って打席に立ち続けるのか、打とうと努力するのか、それとも諦めて打席を離れるのか。大きな決断だ。

久々にクリント・イーストウッドが主演のみを務めた『人生の特等席』は、文字通りカーブを打てない超高校級バッターのドラフト指名を縦軸に、それに関わる人々に転機が訪れ、どう対処するかという物語。原題の「カーブ」がダブル・ミーニングで使われる。メジャー・リーグり伝説的スカウトのガス(クリント・イーストウッド)に最初に投げ込まれるのは、緑内障による視力低下。スカウトとしては致命的で、引退を迫られることになる。そして娘ミッキー(エイミー・アダムス)との確執が表面化。ガスはそのどちらとも──これまで通り──かわそうとする。

一方でミッキーは、これまでかわしてきた変化球に真っ向から勝負を挑む。試合が終わったグラウンドで、ガスがボールを投げ、ミッキーがその初球を派手に打ち返すシーンが象徴的……なのだが、そこからすんなりと人生の勝負に片がつかないのは、20年という時間の重さか。

この二人の絡むのが、かつてガスにスカウトされた「炎のストレート」(だったよね)を投げ込む好投手ながら、連投が祟って肩を壊し、トレードに放出されたジョニー(ジャスティン・ティンバーレイク)。ドラフト絡みの誤解によって、ミッキーとのアフェアを「変化球」だと勘違いしてしまう。実際はど真ん中のストレートだったのだが。

2時間の映画として捉えると、父娘の関係が修復するまでのぎこちなさにいらつかされるが、二人が濃密な時間を過ごすのが実は劇中が初めてであることを考えればやむを得ない。そのぶん、伏線回収から「ピーナッツのツケ」を支払わせるまでが慌ただしいのがご都合主義に感じられるが、これぞアメリカン・ドリームって感じは嫌いじゃない。

『人生の特等席』という邦題を非難する人がいて、確かに原題からは乖離しているのでその気持ちがわからないわけではないけれど、ミッキーが終盤で口にする台詞だし、家族で一緒にいられるのが子どもにとって何よりの特等席であることに気づかされるわけで、そんなに悪い邦題じゃない。人生のベテランと一緒なら、変化球打ちのアドバイスももらえるかもしれないしね。



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by non-grata | 2012-11-30 08:22 | 映画

メタで叙述なループもの|『リライト』(法条遥)感想

読書時間の殆どは通勤電車の中なんですが、降りなきゃいけない駅についても「もうちょっとこのまま! 続きを読ませて!」と思う一冊に稀に出会います。「乗り過ごしても食いはないすごい本」略して「ノリスゴ本」。




d0252390_10443022.jpg主人公は14歳の中学生。担任に言われて、用がない限りは誰も近づかない旧校舎に教材を取りに行き、そこで300年後の未来からやってきたという未来人(美少年)と出会う。彼は20世紀末から21世紀初頭に書かれたと推測される小説を読みたくて時空を飛び越えてきたのだと言い、ぼろぼろになった紙片を見せる。それから3週間ばかり、二人は小説を探す。

ところが、二人がいた旧校舎が崩壊、未来人が生き埋めとなってしまう。5秒間だけタイム・リープできる錠剤を手にしていた主人公は10年後に飛び、目の前にあった携帯電話を握り締めて戻ってくる。携帯電話は未来人が持つ端末に通じ、居場所が明らかとなった彼は、警察や救急によって助けられた──過去の改変(リライト)は免れたのである。

10年後、主人公は10年前の自分がタイム・リープしてきた場所に携帯電話を用意する──過去を改変しないために。しかし、いつまで経っても10年前の自分は現れない。

物語は2002年と1992年を行ったり来たりしつつ、そこに主人公が自分の体験をもとに書いたという小説(劇中作)が混じりつつ、しかもその小説には応募した時のものと書き直し(リライト)したものがある。もちろん10年の歳月が過ぎる中で結婚して名字が変わった者もいるので、気をつけておかないと誰のことを書いているのかわからなくなるという罠も用意されている。

「ラベンダーの香り」など、『時をかける少女』へのオマージュも盛り込まれている。何たって時を翔ちゃうのだから。

タイム・リープして、自分自身の過去に直接的な影響を与えることはできないが、バタフライ・エフェクトによって現在と未来は改変(リライト)され得るという世界観が恐い。だって、10年も前の記憶なんてあやふやなものだし、過去は自分に都合の良いように保存されているものだ。それが「実はこうだった」と説明されたら、ああ自分の記憶は間違いだったと考えを改めるかもしれないし、超自然的な力が働かなくても、その新しい認識から自分の今が、未来が変わっていくことだってあり得る。同窓会で久しぶりに級友と話をして、「ああ、あれはそういうことだったのか」と認識を新たにしたことってありません?

畳みかけるように全てが明かされるラストは圧巻。



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by non-grata | 2012-11-22 11:20 | ノリスゴ本

こちらは珈琲を飲みたくなる一冊|『名探偵のコーヒーのいれ方』感想

珍しいことに今朝、外国人に道を聞かれました。四つ橋難波駅付近で、どうやったら関空へ行けるか、と。確かにあのあたりはややこしいよね。口頭で説明するのも難しかったので、ラピート乗り場まで一緒に行きました。




d0252390_16352974.jpg日本でもあるくらいだから、海外でもあるだろうなあ、と思って検索して引っかかったのがこの作品。「コーヒー・ミステリ」「コージー・ミステリ」というジャンルになるらしい。

ニューヨークの老舗コーヒー・ショップを任された主人公が、店員を殺害した犯人を捜すというお話。元夫との再会あり、刑事とのロマンス(未遂)ありで、ミステリを期待していると肩すかしを食らうかもしれないが、ハーレクイン・ロマンスの延長くらいと思っているとちょうどいい。ハーレクイン・ロマンスって読んだことないんですが。

珈琲に関する蘊蓄や、登場人物たちが飲んでいる珈琲のレシピが載っていたりして、本編よりもそちらを楽しんでしまった。

「コーヒーを愛飲することが文明であるとしたら、わたしたちが購入し、いれ、飲むコーヒーそのものには文化遺産に匹敵する価値があるはずだ。コーヒーなど取るに足らないものだ、というのはかんたんである。しかし日々のコーヒーの選択は、自分の人生の基準をどのあたりに設定するのかという決断を反映する儀式なのだ。その基準が最高であっても、最低であっても、そのままわたしたちの子どもたちに受け継がれてゆく。どんなにささいなことについても、最高の基準が受け継がれてゆかなければ、文明の発展は望めない。T.S.エリオットの言葉はそれをうまくいい当てている。人の人生をコーヒースプーンで測ることができるのであれば、コーヒー豆の品質には注意を払うべきである、と」これは主人公が書いた記事。

他にも、「マテオのキスは夕暮れに味わうフルシティローストのコーヒーみたいだ。温かく、飾らず、ほっとする。それでいて刺激的なキス。彼にもそれがよくわかっている。一杯のフルシティローストのように、彼とのキスはわたしの一部をめざめさせる力を持っていた。めざめたくない、と思っていても」などと、コーヒーが形容詞としても使われる。

Amazonを含めてwebで見つかるレビューには辛辣なものが多かったが、まずまず楽しめた。



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by non-grata | 2012-11-20 17:08 | 読書

あいつは反体制派だ!|『ゾンビ革命』感想

風邪が治りません。2週間目に突入。肺炎を疑ったほうがいいんだろうか。映画館では咳をこらえるのが辛かった──賑やかな場面になるまで我慢したり。




d0252390_16493510.jpg「ファン・オブ・ザ・デッド」の英語タイトルからわかるように、『ショーン・オブ・ザ・デッド』のパロディ。何だかよくわからないけれどゾンビがいる日常生活を、主人公がいかに送るかという物語である。もちろん『ショーン〜』という名作がある以上、ちょっと捻りを利かせないと全世界のゾンビ・ファンは納得してくれない。『就職難!! ゾンビ取りガール』なる漫画もこのジャンルに属し、ユニークな設定に最初は面白がって読んでいたが、最近はややトーンダウン。どれほど奇抜なアイディアも、慣れると刺激が薄れてくるのである。『ゾンビ革命』もそんな感じ。以下、ネタバレありの方向で。

誰一人、リビング・デッドのことを「ゾンビ」と呼ばず、ニュース・キャスターに倣って「反体制派」と呼び続けるのは面白かったが、やってることはゾンビ狩り。作品の宣伝文には、冴えないニートが「ゾンビになった愛する人を代行して殺します」という商売を始めたとあるが、前出の漫画ほどビジネス色が強いわけでない。その戦闘シーンは様々な映画のパロディ。ブルース・リーよろしくゾンビを踏み殺して変顔するとか、首切りワイヤーは『ゴーストシップ』を思い出すとか。

上映時間の90分が長く感じられるほど、粗っぽい、雑なつくりだったが、そんなつっこみは野暮というものだろう。

未来ある若者たちとおっさん一人を急ごしらえの水陸両用車に乗せて、マイアミへ向けて送り出すファン。自分は一人キューバに引き返して「反体制派」との戦いに戻るが、エンド・ロールの途中で(イラストだけど)マイアミへ向かったはずの面々がバックアップ。イラストだけにファンの夢の可能性もあるけれど、冒頭の駄目おっさん二人の会話──「亡命してマイアミ行くか?」「何もしないでも面倒みてくれるキューバが一番」「そうだよな」──からすると、やっぱり居心地がいいから戻ってきたんだろうな! だって、どちらにもゾンビがいるのなら、資本主義より共産主義の国のほうが楽に暮らせそうだし。



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by non-grata | 2012-11-19 17:19 | 映画

ファシズムですらなかった|『未完のファシズム』感想

3キャリアiPhone 5電池持ち検証!au版は1.5倍長持ち、SoftBank版はドコモ(SIMフリー版)とほぼ変わらない事が明らかに
auもSoftbankも「自分のほうが長持ち」と主張しているし、実際のところはどうなんでしょうね。以前、会社から支給された3Sを使っていましたが、あまりに回線が脆弱なのと、バッテリーがもたないのに辟易しました。個人では長年emobileを使ってきましたが、Softbankの買収話が出たのを機に、auのiPhone持ちになったのでした。




d0252390_10123523.jpg近代日本が行った戦争で、うまくいったものの代表は日露戦争、失敗に終わったのは太平洋戦争になるだろう。そこで見落とされがちなのが、その間に行われた第一次世界大戦。日本は連合国として参戦し、青島でドイツ軍と戦っている。本書では取り上げられていないが、海軍もインド洋と地中海に船団護衛の艦隊を派遣している。

第一次大戦は最初の総力戦として知られるが、そこで日本は何も学ばなかったのか? だから日露戦争の僥倖を実力と勘違いしたまま、ずるずると日中戦争、太平洋戦争へと突入していったのか?

答えは否である。旅順攻略では、日本軍は砲弾の代わりに肉弾を使って要塞を落とした。他に手がなかったからである。しかし青島攻略では、敵陣に十分すぎるほどの──なかなか歩兵による突撃を命じない司令官神尾中将を新聞が「臆病」と論じるほどの砲撃を行い、敵防御火力を封じ、敵兵の士気を阻喪させるという、近代戦では真っ当な戦術が用いられた。またこの作戦では航空機も投入されている(このエピソードは加山雄三主演で映画化もされている)。

また阿南惟幾(これちか:当時の階級は中佐)をはじめ、観戦武官として陸軍将校が大戦中に戦場に赴いている。これからの戦争は物量戦になるということが、嫌でも理解できたはずである。

だが、日本は物量戦に耐え得る「持てる国」だろうか? 資源も工業力もない「持たざる国」である。その「持たざる国」がこれからの戦争を戦うにはどうすれば良いだろうか? ということで、陸軍内で考え方が真っ二つに分かれたわけだ。

1928年、「統帥綱領」が大幅に改訂され、日本陸軍は短期決戦と包囲撃滅戦を行うことが命題とされた。この改訂を行った中心人物は「作戦の鬼」と呼ばれた小畑敏四郎で、大戦中はロシア軍と行動を共にした。1914年のタンネンベルク会戦をよく研究しており、寡兵でも大軍を包囲殲滅したレア・ケースを引き合いに出して、これを陸軍のスタンダードに引き延ばそうとした。持たざる国が持てる国と戦うのならば、補給や生産能力が問われる前に決戦をして勝利を収めなければならない。そのためには包囲撃滅戦しかない。

何とも勇ましいが、この考え方には明文化されなかった「密教」がある。それは、長期戦になったら敗北は免れないので、持てる国とは戦争はしないという前提だ。けれど、軍人なのでこんなことは言えないし書けない。この暗黙のルールが共通認識で残っている間は良かったが、二・二六事件で皇道派が追放されてからは、密教部分が失われ、「統帥綱領」が一人歩きするようになる。

もう一つの考え方は、「日本が持たざる国なら持てる国にしよう」。石原莞爾である。満州を資源・産業基地として発展させ、また日本人だけでは足りないので「五族協和」を実現して、30年後くらいに持てる国に対抗しようと考えた。詳しくは本書に譲るが、1930年代の日本の経済成長率は4.8%、アメリカが0.2%。国内総生産は、アメリカを100としたら日本は19。同じ成長率が続いたとすると、何と1974年には日本の国内総生産はアメリカと肩を並べるのだ。こちらは統制派。

皇道派も統制派も少なくとも昭和初期の日本には持てる国と戦う力はない、戦うべきではないと考えていた。しかしどこの国と戦争するのかを決めるのは政治であり、大日本帝国憲法は軍人の政治的振る舞いをはねつけるようにできていた。さらに思想的軍人は排除される運命となり、「統帥綱領」も満州も、小畑、石原の思惑とは異なる育てられ方をしたのである。

結局、持たざる国が持てる国と戦争をするはめになった。小畑が考えた「統帥綱領」に従えば短期決戦になるが、敵を引きずり出してのバックハンド・ブローがその本質であった。確かに短期決戦は狙ったが、実際には日本軍が引きずり出されて痛撃をくらった(ミッドウェイ海戦)。そして石原が危惧した通り、日本に長期戦を戦う国力はない。しかし勝てないとは言えない──そこであらゆることに「精神力」という下駄を履かせることにしたのである。その先に待っているのは玉砕&特攻。「真鋭」をもって敵を心肝寒からしめれば、必ずや敵は戦意を喪失し、戦意がなくなれば持てる国も戦争に負けるというトンデモ理論。

まとめると、第一次大戦ショックで危機感を持った軍人たちがいた→皇道派の本音は持てる国とは戦争しない、統制派の考えは、自ら持てる国になるまで戦争しない→思想を持つ軍人は排除されたし、戦争をするしないを決めるのは政治家だ(思想、教養なき軍人が厄介な存在だということは、『失敗の本質』でも述べられている)→日本の法制度は独裁者をつくりにくい、また即断即決しにくいシステムだった→そこで東条は自ら複数のポストを兼任することでスピード感を持って物事を決めようとした&手っ取り早くできる思想弾圧は行った→うまくいかない&反対派の抵抗を受けてファッショ実現せず→精神力をもってすれば戦争に勝てることにしよう、ということになるだろうか。持たざる国が挙国一致する体制もとれなかったのだから、そりゃあ戦争に勝てるわけはありません。



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by non-grata | 2012-11-16 12:08 | 読書

何度繰り返しても悲劇|『魔法少女まどか☆マギカ -The different story-』感想

d0252390_901837.jpgこっそりAmazonで購入。本編コミックの表紙に描いたおまけから発展したハノカゲ氏のスピンオフ作品で、テレビ放映第3話で壮絶な死を遂げた巴マミ(マミさん)が生きていたら? というwhat if?の世界を描く。本編が時代をループしているのだから、「あったかもしれない」物語として成立する。

コミュ障のマミさん

本編放映時から「友人がいない」「ぼっち」と揶揄されてきたマミさんだが、本作でその事実が裏付けされた。他の魔法少女から見ても浮いた存在だし、況やクラスメートにとっても。「もう一人じゃない」と張り切って戦った直後、あっさり魔女にやられてしまったことが思い出され、しかもその悲劇が増幅される。

本作では佐倉杏子がマミさんの弟子になることを志願し、共闘もするが、自分の想いをうまく伝えられない不器用なマミさんは、彼女と距離を置くこととなる。その後、魔法少女となった美樹さやかとも、同じように決別する運命だ。

何度、歴史を繰り返しても、コミュニケーション下手に起因する悲劇は避けられないのかもしれない。

人気のマミさん

それでも、いやだからこそか、マミさんは2ちゃんねるで記録的な人気者らしい。




688: 名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/12(月) 18:25:08.41 ID:ygfhuB5ZP
>>653
そりゃすごいよ
アニメキャラで100スレ超えたのって20人もいないしな

アニメキャラ個別板100スレ到達時間歴代最速記録
(2012年11月12日現在)
*1位 *132日 巴マミ (魔法少女まどか☆マギカ)
*2位 *187日 田井中律 (けいおん!)
*3位 *239日 美樹さやか (魔法少女まどか☆マギカ)
*4位 *338日 暁美ほむら(魔法少女まどか☆マギカ)
*5位 *498日 高坂桐乃(俺の妹がこんなに可愛いわけがない)   
*6位 *510日 長門有希 (涼宮ハルヒの憂鬱)
*7位 *530日 佐倉杏子 (魔法少女まどか☆マギカ)
*8位 *639日 紅月カレン (コードギアス 反逆のルルーシュ)
*9位 *678日 鹿目まどか (魔法少女まどか☆マギカ) ←2012年11月12日到達 new
10位 *746日 御坂美琴 (とある科学の超電磁砲)




だそうで、5人ともトップ10に入るのもすごいが、中でもマミさんの人気は群を抜いている。稀に見るネタキャラということか。あるいはこの結果に、「2ちゃんのヘビー・ユーザーにはコミュ障が多く、マミさんに共感するから必然的にスレの勢いが増す」という安易な憶測もできないことはない。実際、2ちゃんの(と言っても、見ているのはまとめサイトだけなので、実際の空気とは違うかもしれないが)書き込みから時折感じられる厭世観は、本作の最後でマミさんが下す決断と重なるところがある。その行為に至るのに、少なくともおっさんは共感した。

うん、2ちゃんの中とは言わずに、今の日本で感じる行き詰まりとか諦念とかが、魔法少女の運命を知った少女たちの絶望に通じるものがあるのではないかな。その諦念への水先案内人が一番人気で、諦念のスパイラルを断ち切る「英雄」の人気が今一つなのが興味深い。絶望の中で頑張り続け、力尽きたさやかが2番人気。世界がどうこうより、友だちとの約束を果たそうとしたほむら。置かれた状況をシニカルに楽しみながら、最後は自ら状況を変えようとした杏子と続く。

スピンオフではあるものの、物語が収斂する先は本編の手前。後味が良くなるわけでもなく、作者自身が書いているように、口直しにはアンソロジー・コミックがちょうど良い。誤用を承知で書けば、二度目は悲劇、三度目は喜劇というやつですね。

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年上どころか、親子ほども歳が離れてますが><



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by non-grata | 2012-11-15 09:54 | アニメ・漫画

太地浦くじら祭ツーリング

さる11月4日、太地町でくじら祭があると聞いてツーリングに出かけた。行きは針インターから南下、新宮あたりでR42に出てそこからさらに南下。太地町を目指す。で一泊。翌日午前中は太地浦くじら祭を堪能してからR42を時計回りに移動、串本あたりで北上して、適当なところで西進して田辺から高速を走るか、と思っていたら、昨年の水害で国道の至る所が寸断。引き返しを余儀なくされた。

R169で柏木トンネルを出てすぐ、鍾乳洞の看板が目に飛び込んできた。時間に余裕があって立ち寄ったら、これがまあすごい場所で。喫茶店で代金を支払って階段を下り、
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こんな入り口から中へ。最初こそ立って移動できたものの、たちまち通路は狭くなり、這うようにして奥へ奥へ。大丈夫かいな? と思いつつ先へ行くと滝が現れ、さらに不動様まで!
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このサイトに詳しく紹介されています。人が多いと興醒めするかもしれないが、ちょっとした冒険ができて500円は安い!

R42に出て、オークワとスーパーと合体した道の駅でめはり寿司を食べ、すぐ先にある紀宝町ウミガメ公園で休憩。海亀だけではなくウツボなんかもいました。
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さらにその先の道の駅ではウツボの珍味が売っていたり。

そんなこんなで太地町に到着。以前は見学できた捕鯨船は閉鎖中、
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シーシェパードによって破壊された像も痛々しい姿をさらしていた。
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シーシェパードと言えば、太地町の至る所に、具体的には町役場や漁協の建物や敷地、個人の店舗などに、「写真撮るな」「立入禁止」の貼り紙が。もしやくじら祭を妨害するため不逞外国人が侵入しているのではないかと思ったが、そんなことはなかった。が、パトカーによる巡回が頻繁に行われているようだった。

宿泊は国民宿舎。奮発して鯨のフルコース・オプション!
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写真の他、鯨の竜田揚げがつく。地酒の「太平洋」を一緒にいただいて、満足。

落合博満野球記念館に立ち寄りつつ(まだ開館していなかった)、いよいよくじら祭り。
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地元のJAや飲食店、国民宿舎も店を出し、大阪のはりはりうどん、長野のそばもいただくことができた。
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【乞食速報】振る舞いの伊勢エビの(ガラで出しを取った)味噌汁。
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昨夜に続いて鯨の竜田揚げ。旨い。
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鯨のカツカレーに、
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鯨バーガー。こちらはいずれも国民宿舎「白鯨」の出品。
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こちらも無料の「鯨の焼肉」。何だか食べてばっかりだが、その間にもステージでは地元の幼稚園児たちの踊りや若人たちの歌やダンスが披露されて実に盛り上がっていた。

バイクのため、積載制限もあって(既にみかんを大量に積んでいたこともあって)、鯨肉は買わなかったけれど、オープン前からテント前にものすごい行列ができていた。殆どが地元の方のようで、需要はあるのに供給不足のためになかなか買えないという現実があるようだ。

『白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』にあったが、日本は鯨の数を把握した上で、生態系に悪影響が出ない範囲で捕鯨をしてきた。科学的な根拠に基づいているわけだし、『食の終焉』にもあったように、牛肉はコストがかかるし環境負荷が大きいことを考えても、鯨を食べるというのもオプションの一つに入れてもいいんじゃないかと思う。



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by non-grata | 2012-11-14 18:31 | ツーリング

フィクションとノンフィクションと|『アルゴ』感想

d0252390_834714.jpg「事実を基にしたストーリー」だが、終盤のスリリングな展開はフィクションかもしれない。ハラハラドキドキしないと映画を観た気がしないという観客のニーズに応えるものだ。当事者の緊張状態は極限に達していたと思われるが、周到に準備された計画であったため、救出作戦は案外すんなり進行したのではないだろか。と思えるくらい、救出作戦に至るまでのプロットが綿密に描かれていた。

冒頭はドキュメンタリー・タッチ。粒子の粗いフィルムが混じり、フィクションとノンフィクションの境界が曖昧にされる。しかしイランで革命が起こり、テヘランのアメリカ大使館が暴徒によって占拠されたのが事実なら、運良くそこから6人が逃げ出し、近隣にあったカナダ大使私邸に逃げ込んだのもまた事実である。逃げ出した6人は見つかればスパイ容疑で銃殺される。カナダ大使も本国から帰還命令を受ける。そこでCIAは救出作戦を立てた。

自転車でトルコ国境まで脱出……冬のイランでそんなことは不可能だ。宣教師に化けたエージェントを送り込む……外国人宣教師はイランにいない。農業指導のスタッフとして……冬なのに? 別居中の息子と電話しながらテレビで『猿の惑星』を見ていたトニー・メンデス(ベン・アレフック)は思いつく。そうだ、中東で映画を撮ることにしよう! 自らも偽スタッフとしてイランに潜入して6人に接触、彼らを監督や脚本家、美術監督やカメラマンに仕立てて脱出するのだ!

ここからは、映画製作の舞台裏がミニ・ドラマとして展開される。偽映画とは言え、イラン当局に確認されてボロが出るようでは話にならない。脚本を吟味し、脚本家協会から映画化権を買い取り、キャスティングも決めて記者発表も行う。新聞に記事も掲載してもらう。ここでメンデスを補佐するのが『猿の惑星』の特殊メイクを担当したジョン・チャンバーズ(ジョン・グッドマン)。グッドマンと言えば、最近では『アーティスト』でも映画製作会社の社長を演じていました。

囚われの6人を偽映画のスタッフとして脱出させるというホラ話の後で、映画づくりのリアルな話が描かれて、これは現実なんだと観る者を納得させる。『猿の惑星』に『スターウォーズ』『宇宙空母ギャラクチカ』など、当時流行ったSF映画の本物の映像やグッズ、コスチュームが登場して、リアリティは嫌でも増される。

メンデスがイランに潜入してからはさながらスパイ映画。身バレすると即処刑という恐怖の中での「お芝居」が始まる。最後はこの作戦(ハリウッド・オプション)が機密指定されたのと同じように、再びドキュメンタリー・タッチに戻って物語は「封印」される。メンデスは栄光なき英雄となったが、何も言わなくても全てを理解してくれる存在が彼にはいたのだった──と、実に盛り沢山な内容ながら散漫になることなく、最初から最後まで飽きさせなかった。満足満足。

ただ一点、残念だったのは(ここから激しくネタバレ注意)、6人よりも家政婦の安否が気になって仕方がなかったこと。彼女がイラクに逃げ込むところを先に見せてもらえていたら、ハリウッド・オプションの成功を心から喜べたのだけれど。



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by non-grata | 2012-11-13 08:59 | 映画

地域通貨は根づくか?|『「通貨」はこれからどうなるのか』感想

d0252390_10461244.gif仕事柄、海外からモノを輸入する立場なので、個人的にはこのところの円高はありがたい限りである。商品の価格が変わらなければ原価率が下がって利幅が広がり、価格競争になったとしてもバッファが大きいぶん、弾力的に調整が利く。反面、円高は輸出企業、特に自動車、家電メーカーにとっては深刻な問題だ。短絡的な景気浮揚策として自国通貨を切り下げたくなる気持ちもわかる。じゃあ、これから日銀が為替に介入したり、円をじゃぶじゃぶ刷って円安になるかと言えばそんなことはない。「1ドル50円時代は必ず来る」というのが本書の主張だ。

それだけ円が強いのではなく、ドルが弱いのだ。既に基軸通貨としての役目は終わり、かつてのポンド同様、誰もドルのことを気にしなくなる時代が到来するかもしれない。海外との取引は今はドル建てが主流だが、今後は円建ての取引も増えてくるだろう。そうなれば、円高を背景としたビジネスの在り方へと企業が体質改善していけばよく、ある日突然1ドル50円になるのでない限りは、日本経済の行く末を悲観する必要はない……はずである。

地域通貨の可能性

本書のタイトルからは、通貨=為替レートがどうなるのか、ということが想起されるが、通貨そのものの将来像についても言及されており、これがなかなか興味深い。基軸通貨なき後、地域通貨が興隆すると予測する。地域通貨とは、わかりやすい例で言えば商店街だけで使える商品券。歴史的には世界大恐慌後のドイツで実際に導入され、本当の通貨を脅かすほどの存在になった(ので潰された)。

この元ネタを考えたのがシルビオ・ゲゼルという人で、商品は時間とともに価値が下がるのに、金だけは価値が下がらない、いや銀行に預けておけば利子で価値が上がることすらある。金も時間の経過に伴って価値が下がるべきだ=とっとと使って経済を回しやがれという「ゲゼル理論」を打ち立てた。

景気が悪いから買い控える。買い控えるからモノの値段を下げる。利益が出ないから給与が下がる。ますます買い控えが進む……というのがデフレ・スパイラル。ゲゼル理論が機能すれば、ため込んでいても金の価値が下がるから使う。モノが売れるから給与も上がる。給与が上がるからますますモノが売れる、ということになる。こうした特質を備えた地域通貨こそが、景気浮揚の切り札になるかもしれない。それは日本国内での地域格差を推進するということにもつながるが。

財政再建への道のり

本書を読むと、どうも円高が続きそうなのは確実なように思えてくる。TPPを推進するアメリカは輸出立国志向であり、そのためにはドル安が有利だ。しかし「政府としてはまだ、ドル安を追求しますとはあからさまに言えない。(中略)いかにドル安追求をしているように見えないでドル安追求をするか、というなんともややこしい方向に進みつつある。それが今のアメリカの通貨政策である」

とは言え、日本の財政が破綻してしまったのでは円高もクソもない。そこで著者は「社会保障と税の一体改革」ではなく、「歳出と歳入の一体性」を考えるべきではないかと主張する。老人が増えて社会保障のコストが上がるのが明白な以上、増税は避けられない。では、どこから税金を取るのか?

右肩上がりに給与が増え、年功序列も守られる高度成長期ならサラリーマンから手っ取り早く税金を巻き上げる今のシステムでも問題はないが、労働形態が多様化して事業主も増え、しかも金持ち外国人も多数、日本で暮らしている。彼らから効率的に、不公平なく税金をいただくとすれば消費税しかない。昔から人の移動が盛んなヨーロッパで消費税が高いのは、このような背景があるという。サラリーマン減税で消費増税。これなら理解もされやすいんじゃないですかね。

しかしグローバリズムの末に地域の時代が到来、というのは、まだよくイメージできないなあ。けれど、「××マルシェ」などの地域イベントが相応に盛り上がっているようなので、ああした賑わいが断続的ではなく継続的に実感できるようなものだろうか。



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by non-grata | 2012-11-12 12:13 | 読書

八紘一宇は実現するか?|『この空のまもり』感想

d0252390_2256819.jpg現在から続く未来

今年の夏、出雲へ旅行に行った。そこで初めて、ようやくにしてARアプリを使ってみた。特定のポジションから宍道湖や出雲神社にカメラを向けると、出雲博のゆるキャラやかつての出雲神社の姿がバーチャルに表示されるというものだ。思ったほどの驚きはなかったが、何かの可能性を感じさせるものだった──『この空のまもり』で描かれる通り、様々な場所に情報タグを貼り付けることができれば、なるほど便利だ。いちいちwebで検索して情報を拾うまでもない、スマートフォンをかざしたり、「強化現実眼鏡」をかけて風景を眺めるだけで情報が飛び込んでくるのだから。

ただし、その情報が善意に基づくものであるなら。無秩序に貼られたタグであれば、事実かどうかわからない。「風評の流布」だってあり得る。もちろんサクラも。技術の発達に法整備が間に合わず、日本中のあちらこちらに悪性のタグが貼り付けられ、空は中国語、韓国語で書かれた政治的スローガンで埋め尽くされる。それが本作が描く未来である。

匿名掲示板や学校の裏サイトにあることないこと書かれた経験を持つ人なら、十分にあり得る未来だと感じることだろう。また、「逆SEO」なる怪しげな職業を知っている人もリアルに感じるはずだ。webには、特定のキーワードの検索順位を上げたり、また特定のキーワードで検索されると困るページを相対的に下げるためだけに存在する、無意味なサイトが無数の存在するのだ。webはゴミだらけだ。

過去から続く現在、そして未来

そもそも我々は、レッテルを貼って物事を単純化してきた。もっと手軽にそれができるのであれば、あらゆるものにタグをつけ、カテゴライズしてしまうだろう。

誰かがタグ付けを始めれば、別の人も同じようにする。ゴミが落ちていれば、そこらにゴミを捨てても構わないと思われ、往来はゴミだらけとなる。「割れ窓理論」だ。これは仮想現実だけではなく、リアルでも同じこと。いや、リアルでやってきたことは、仮想現実でも行われるというべきか。

ちょうど本作を読了した日、はるかぜちゃんが次のツイートしていた。

だれも見ていないと思って、ひとりがごみを捨てる。そのあとに通った人が、ごみを捨ててもいいのかなと、またごみを捨てる。そのうちその道が、街が、大きなごみ箱になる。誰かがそうじしなくちゃいけないのは分かってるけど、みんな見てみぬふりをする。

いつしかそこは便利なごみの街になって、じぶんの街を汚したくない人の、便利な場所になって。 そこを片付けようとする者があらわれると、余計なことをするなと言われるようになって。そうすると、もう、取り返しはつかない その街はくさりはて、やがて、その星じゅうをくさらせるもとになる。

ていう絵本を書いたら、今の状況が、わかってくれる人がふえないかなあ(ω)

11歳の彼女にこんなことをつぶやかせてしまうほど、残念ながら今のwebはひどい状態なのである。

では、我々は救いようがない存在かと言えば、そんなことはない。本作を読めば希望を抱くことができるはずだ。

愛国心とは何か

本作のテーマは「愛国心」とは何か、である。読んで字のごとく、愛国心とは国を愛する心だが、では国とは何か。経済活動が国境を越えて久しく、複数の国家間で通貨が統合されたり、内政干渉も可能なシステムができつつある(今読んでいる新書では、それは崩壊に向かうと予言されているが)。インターネットは、検閲というフィルターがないわけではないが、時間と空間を飛び越えて個々人を結びつけることが可能だ。こんな時代に従来型の国という概念に意味があるのだろうか。

「ない」がその答えだろう。だからレッテル貼り、タグ付けは愛国心とは対極に位置する行為であり、なるほど胡散臭い自称「愛国者」ほどレッテルを貼りたがる。

「(愛国心という)獣は猛獣で人類史上何人も何人も殺してきたのだが、同時にひどく慈悲深く、同胞を助けるために何人もの人々に寄り添っては立ち上がるまでその心を守ってきたのだった」と、『高機動幻想ガンパレード・マーチ』で、少年少女を戦場に送り込んだ準竜師は書く。

不幸な使われ方をしてしまったが、究極の愛国心こそ、架空軍がスローガンに掲げる「八紘一宇」なのである。八紘一宇の世界なら、隣人の周りに「ゴミ」が散らかっているのに耐えられるわけがない。世界は、強化現実なのかリアルなのかに関係なく、今よりずっと暮らしやすいはずだ。



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by non-grata | 2012-11-07 23:49 | 読書

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