おっさんノングラータ

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映画 ひみつのアッコちゃん

d0252390_8322868.jpg「まーた人気漫画原作の安易な映画化か」と予告を見た時は思ったものだが、実際に観た人の評判が良かったので、他に観たい作品がなかったこともあり、映画館に足を運んでみた。そして「(こんな映画で)くやしい…! でも…」泣いてしまったのである。会社勤めをしているおっさんにとっての終幕は最後の山の二つ手前、一つ手前は涙を乾かすためのインターバル、最後の山は気持ち良く映画館から出るための「おみや」だった。

会社があらぬ方向へ向かっている時、往々にして中の人たちが「会社ごっこ」をしている。仕事をすること、あるいは他人から仕事をしているように見られることを目的化してしまっている状態だ。目的を持っていないから、声の大きい人の主張に唯々諾々と従うしかない。

日本破滅論』では、ノエル・ノイマンの「沈黙のらせん」でこの危険性が説明されていた。例えば、対立する意見AとBがあり、それぞれ支持率が51対49だとする。少数派は自分が少数派だということを自覚すればするほど声が小さくなるものなので、見た目の支持率が、例えば53対47に変化する。するとますます「何を言っても無駄」な風潮が強まり、70対30に、ついには100対0になる、というのだ。しかも今は、webなど新しい「拡声器」が容易に入手できるので、少数派が多数派に転じて沈黙のらせんをつくることができる。同書では今の日本の政治における危機の一つとして、この現象を取り上げているが、会社においても同じことである。

では、沈黙のらせんに陥ると手の施しようがなくなるかと言えばそんなことはなく、小さな子供が「王様は裸だ」と言い、沈黙していた人々が語るべきことを語れば状況は打破される。その小さな子供こそ、大人になったアッコちゃんなのだ。

「頭脳は子供、身体は大人」が許されるのは劇中の綾瀬はるかだけ、であるのは確かだが、小学生でも知っている、「他人の話は最後まで聞く」という議論の根本を大事にすれば、アッコちゃんを待たずとも、誰かが王様が裸であると指摘してくれるだろう。このことは『日本破滅論』でも同種の指摘がある。

もう一点、『日本破滅論』との類似をあげたい。

「会社は結果が全て」ということを教えられたアッコちゃんは、冬休みの自由研究を「コピペ」で仕上げようとして担任に怒られる。コピペすればそれなりのものを仕上げられるが、過程の努力がないために、自分の身にならない。何のために自由研究をするのか、その目的を理解していないのが問題なのである。

『日本破滅論』では、政治の「結果責任」という言葉について、マックス・ヴェーバーの哲学が誤って引用されていると説く。「どうにもならないかもしれないが、自分は何とか頑張って、出た結果の責任は自分が一身に背負う」という崇高なる精神が大事ということであり、結果が出なかった政治家を吊し上げるという意味では決してない。

映画では、老舗化粧品メーカー「AKATSUKA」の在り方が問われる。法人である以上、増益を目指すのは当たり前だし、株主には配当を出さなければならない。しかしそれを目的化していいものか? 企業が抱える問題点に目を向けることなく安易な増資を受けることは、コピペでレポートを仕上げるのとどこが違うのだろうか。

と、「この恋には秘密がある。」というそれこそ安易なコピーから、原作を台無しにした安易な恋愛映画を想像する向きがあるかもしれないが(実際、自分がそうだった)、とんでもない。沈黙のらせんに取り込まれているサラリーマンやOLにこそ、観てもらいたい作品である。本来のメイン・ターゲットである小さな女の子にとって、面白い作品であるかどうかはわからないが、男性視点では時空を超える壮大な恋愛譚としても楽しめる作品であった。



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by non-grata | 2012-09-10 09:47 | 映画

日本破滅論

d0252390_15365289.jpg会社から歩いて行ける範囲に、と言ってもどこもゆうに15分はかかるのだが、紀伊國屋書店とジュンク堂書店、ブックファースト(だったか)の3軒がある。店員の質、店づくりの面白さ、商品の充実度全てで勝っているのが紀伊國屋書店で、他の2書店は帰り道に寄れる、あるいは地下街にあって行くのに直射日光を避けられるから、という理由でしか立ち寄らない。その紀伊國屋書店では、橋下市長または大阪維新の会をフィーチャーした書籍を目立つように陳列していて、流行り物に飛びつくのは不作法な気がして(?)なるべく避けてきたのだが、ついに引っかかってしまった。最初に手にしたのがこの本で、次がナベツネの『反ポピュリズム論』

藤井聡の著作を読んだことがあれば、『日本破滅論』で述べられている主張は耳にしたことがあるそうだが、幸い初めてだったので、適度なダイジェスト版として楽しめた。「災害を食う」という主張、その先にある「日本強靱論」は説得力がある。中野剛志との橋下批判はやや感情的な側面も見えるが──どうしても欠席裁判になるので仕方がないが、指摘は間違いではない。これについては『反ポピュリズム論』でナベツネがどう主張しているのかが楽しみだ。

政治は本来高潔であるべき、柳田国男の言う「経世済民」であるべきだという意見はごもっとも。政治にしても何にしてもストーリー・テリングは重要で、内需の拡大に期待できないから外需を狙うしかない=TPP推進論はストーリーとしてはわかりやすいが安易過ぎないかという指摘。けれど安易なストーリーに流されるのが大衆なので、本来、政治家は、あるいは学者や官僚は、正しい方向へ導くストーリーを紡ぐ義務があるのかもしれない。その一例として新幹線やはやぶさの具体例が本書で語られていた。それが香山リカの言うぷちナショナリズムに転化しそうなところに一抹の不安を覚えるのだが。
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by non-grata | 2012-09-07 16:01 | 読書

ビアンカ・オーバースタディ

d0252390_22394020.jpg本を買う時はカバーなし、電車で本を読む時も堂々と、をモットーにしているが、さすがにこれはAmazonで買ったし、電車で読む時もカバーで外した。

良くも悪くも筒井康隆の小説で、あれがあのメタファーでメタフィクションになっていてと、考察を始めるときりがないだろうし、それはとっても恥ずかしいことのように思えるのでやったら負けな気がする。

この前に読んだのが行間に何もない、よく言えば丁寧、悪く言えば馬鹿に諭すような文章だったので、短いながらも充実した読書時間を楽しめたが、だからと言ってこちらを他人に、特に会社の人間には勧められないというのがまたもどかしかったり。
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by non-grata | 2012-09-05 22:47 | 読書

海賊とよばれた男

d0252390_1040272.jpg日経新聞の広告で興味を惹かれたところ、書店で平積みされているのを見て購入。『永遠の0』を読んだことも興味を持たなかった人間に買わせたのだから、本書の広告の効果は素晴らしい。Amazonのレビューをはじめ、webには絶賛の声が溢れているのだから、サブリミナルな効果もプラスされてまだまだ売れるのではないか。もっともGoogleでタイトルだけ入れて検索するちょっとアレな市長のブログが一番にヒットするので、いいんだか悪いんだか。

正直に書けば「敵は七人の魔女、待ち構えるのは英国海軍」の惹句に惹かれたのだが、これが示唆する日章丸事件は、下巻中盤のクライマックスに過ぎない。いかに創業者が日本という国を愛していたのか、丁寧な解説で綴られた「国岡商店物語」である。なお国岡商店は出光興産であり、店主国岡鐵造は創始者である出光佐三だが、それ以外は実名で登場している。中途半端なノンフィクションは、都合の悪いことはフィクションでごまかされてしまうのではないかとストレスがたまる。

閑話休題。国岡鐵造は「社員は家族」「社員を信用するからタイムカードや出勤簿はない」「社員は馘首しない。駄目な社員は育てる環境が必要」など、終身雇用だけどモーレツ社員(どちらも死語)な昭和における理想的な労使環境をつくる一方、対社外ではグローバルな方針で臨み、石油統制に断固反対。昭和的な「護送船団方式」に真っ向から挑んだ。

中国化する日本』では、戦後を「再江戸化の成功した時代」と位置づけていたが、国岡商店は例外的に反江戸化=中国化=グローバリゼーションで勝利したと言える。しかし会社組織はその反対、再江戸化した昭和の体現なのが興味深いところだ。



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by non-grata | 2012-09-04 11:23 | 読書

チャーチルの亡霊──危機のEU

d0252390_15344054.jpg「27歳の新鋭が新資料発掘!」との惹句が空回りする感のある一冊。タイトルからは、現在、EUが直面している危機は、まるでチャーチルの亡霊が引き起こしているのではないか? と想像される。「EUの父」と呼ばれるクーデンホーフは汎ヨーロッパ主義を唱え、大英帝国はそれには参加せず、外部からコントロールすることを目指したチャーチルは、最初はその運動に賛意を示しつつも途中で乗っ取ろうとして(本書の前半はこのやり取りに費やされる)、結局はうまくいかなかったわけだけれど、なるほどその意味では「チャーチルの亡霊」がEUの足を引っ張っているように見えなくもない。そこに興味がある人は終章だけ読めばよく、新書特有の細切れ編集のお陰もあって、結論にたどり着くまでがなかなか大変だった。

しかし、思えばヨーロッパの統合とはドイツとフランスをどう仲良くさせるか? につき、第二次世界大戦後に両国で締結されたシューマン宣言こそ、EUの礎のように思える。イギリスが外からヨーロッパを管理するなんて、ナポレオン時代の発想ではなかろうか。そりゃあチャーチルが「最後に仕掛けた『ヨーロッパ統合』は」失敗するだろう。
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by non-grata | 2012-09-03 15:56 | 読書

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