おっさんノングラータ

カテゴリ:読書( 119 )




(B42)猫が慰めてくれるはずもなし|『ねこ師匠』感想

d0252390_1591917.jpg「人生はニャンともならない。てめえが何とかするんだよ!」と猫に諭される一冊。名言と写真のチョイスに編者のセンスを感じます。




ということで、最近流行の「動物&一言」写真集。『人生はニャンとかなる』の二匹目の泥鰌を狙った感のある本書。もっとも飼い主が悩んでいる時に「ニャンとかなるさ」と肩を叩いてくれるような猫は猫じゃない、「えーからスペシャルご飯くれや」というくらいなのが猫じゃないかと思っている身からすると、『ねこ師匠』くらいドライな物言いのほうがしっくりくる。「目的地が定まっていない船にはどんな風も順風たり得ない」とか(これ、好きな言葉です)。

ということで、手持ちの写真から:
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人生は全て次の二つから成り立っている。 したいけど、できない。できるけど、したくない。(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)



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by non-grata | 2014-08-19 15:23 | 読書

(B41)今度は戦争だ|『ねずみに支配された島』(ウィリアム・ソウルゼンバーグ)

d0252390_11411963.jpg人間の移動によってもたらされた侵入種(ネズミなど)が、平和に暮らしていた固有種(カカポはじめ飛べない鳥など)の生態系をいかに脅かしたか。ニュージーランドからメキシコ、カリフォルニア、そして『捕食者なき世界』でも取り上げられたアリューシャンへと舞台は移り、侵入種の所業が描かれる。『文明の崩壊』にあったイースター島の話は、本書の仮説のほうがずっと納得がいく。侵入種vs固有種の戦いが従来型の戦闘なら、種の興亡は自然に任せるべきと主張する団体からの圧力もあり、ヒトvs侵入種の戦いはさながら非対称戦闘。




人類とともにネズミが移動し、太平洋の島々で穏やかに暮らしていた脆弱な固有種を潰滅させた。イースター島の文明が滅びたのも、そこで文明を築いた人々が最後の木の一本を斬り倒したからではなく、繁殖したネズミが若芽を食べ尽くしてしまったから。栄養カスケードが崩壊したことが理由だという。

絶滅したものは仕方がないとして、絶滅が危惧されている種を守るには侵入種を殲滅する必要がある──というのは一つの見識だが、果たしてそれが正解か。ヒトの都合で連れ込まれた種を、これまたヒトの価値観で絶滅するのは正しい行いなのか。そもそも、侵入種によって簡単に絶滅されるような種は、遠からず絶滅する運命にあったのではないか。そして、新たな生態系で捕食者となった侵入種を排除することは、『捕食者なき世界』そのものではないのか? こうした疑問に本書は一つの答えを提示してくれる。

アリューシャン諸島のキスカ島にネズミを持ち込んだのは太平洋戦争中の日本軍だった。その湾口に位置するラット島は、名前の由来の通りネズミが支配する島で、固有の海鳥は絶滅の危機に瀕していた。キスカ島でのネズミ殲滅作戦の前、肩慣らしにラット島に対する作戦が行われ、「無傷で」とは言えないまでも成功を収めた。そしていよいよキスカ島での作戦が行われようという時、島からネズミの姿が消えてしまったのだという。ネズミを持ち込んだのが日本の軍艦だったことを考えると、「キスカの奇跡」再び、というところか。

外来種が固有種を圧迫するといった話題が時折ニュースに取り上げられることがあるが、生態系を破壊しかねない、本当は深刻な問題であることを再認識させられる。



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by non-grata | 2014-08-11 13:15 | 読書

(B40)大阪ノワール|『破門』(黒川博行)感想

FBでDN-01の会に入り、日本だとGIVI箱ないんですよねー、と書いたら、早速「イタリアに直で注文すればいいじゃん」とのお答えが。それは検討したんですが、欧州仕様と日本仕様でDN-01のサイズが違うたら何たらで、そのままは取り付けられないと言われたんですよね。どうしたものか。




d0252390_14312724.jpgクライム・ノベルだが、主要登場人物が揃いも揃ってクズで楽しい。アラフォーで勤労意欲も貯金もなしの主人公、凶暴だが計算高いヤクザ、若い女に入れ上げて借金を抱え、あげく極道とつるんで映画制作詐欺を画策したプロデューサー。シノギのために皆必死だが、過てる方向に努力しているのがおかしい。二宮と桑原のやり取りはドツキ漫才のようだけれど、大阪ではこれが普通の会話だったりするんですよね。ああそうか、これは(映画じゃないけど)「大阪ノワール」だ。

今回は舞台が生活圏だったり、この前走ったしまなみ海道だったりで、何かと身近に感じられた。黒川博行の作品は久しぶりに読んだが(そしてこのシリーズは初めて読んだが)やっぱり面白い。フィルム・ノワールの倦怠感とは違うねっとりした空気感がたまらない。けれど続けて読むのは心の健康に悪いような気がするので、合間合間に読んでいこう。

ネイティブの関西弁使える役者で映画化希望!



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by non-grata | 2014-08-02 14:38 | 読書

(B38)(B39)『心を奮い立たせる『仁義なき戦い』の名セリフ 』山平重樹&『はぐれ雀』中嶋隆

久々に「読書メーター」復活させてみた。およそ3年ぶりの再開。




d0252390_17445698.jpg『仁義なき戦い』シリーズ入門者向けガイドブック。同作は「広島弁のシェイクスピア」と称されるほど名台詞に事欠かないが、本書はその代表的なところを紹介/解説してくれるとともに、小ネタを多数提供してくれる。『仁義なき戦い 浪漫アルバム』ほどディープではないが、新しい発見もあり、読後、あらためて『仁義なき戦い』を観たくなった。

ディープな人には物足りないだろうし、『仁義なき戦い』を知らない人にはヒットしない本。ということで、おっさんのように『仁義なき戦い』を観たことがあって、しかも面白く感じていたけれどだいぶディテールを忘れてしまったという人が本書を読み、思い出したり、再び興味を持ってDVD(持っているのだ、これが)を見ようと思ったりする助けとなる本なんだろうなあ。見なきゃ(使命感)。




d0252390_17482815.jpg『廓の与右衛門 控え帳』にも島原絡みのエピソードがありましたが、なるほど、こう発展するか。島原の乱で難を逃れた二人の女性──一人は文禄・慶長の役でさらわれた朝鮮人、もう一人はキリシタン大名の血を引く少女──のその後の物語。正義の反対は別の正義であり、自分の行為こそが正義だと主張する危うさを教えてくれる。一気読み不可避。

いやほんとに面白い一冊。「あんたの神さんは、食わせてくれはるのかい」「ほな、ええ神はんや」は名言。「良かれと思ってしたことでも、必ずそれを悲しむ者がいる。それが人の営みだ」もぐっとくる。宗教や政治の大義名分は悲劇を生むということを忘れてはならない。良書。

作者は学者肌の人らしく、文体は抑制されているけれど胸を打つ内容。



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by non-grata | 2014-08-01 17:54 | 読書

(B37)相対評価は永遠に不幸せ|『女の子は、明日も』(飛鳥井千砂)感想

マクド/ファミマで使われていた中華腐肉が話題ですが。

以前、川根町を旅行した時、道の駅っぽいところでお土産を買ったわけです。ちゃんと調べなかったこちらも悪いんですが、お茶漬けの素なら地元産に違いないと思い込んで。商品ラベルの「販売者」が地元だったから大丈夫ではないかと。ところが別の地域の土産物屋で同じ商品がありましてね。やっぱり「販売者」はその地域の地元。

食品表示に製造者の表示義務はないそうで、以来、商品ラベルをチェックするようになりました。そうすると、いかにも地元産を唱っていながら、製造者表示があるもののほうが少ないことがわかります。滅多なことはないとは思いますが、「原材料の生産地から加工、物流、お店の商品にいたるまでの全工程において、世界中のマクドナルドが協力して取り組んでいるマクドナルドグローバル基準と日本の法律・ガイドラインに従った厳しい管理をしてい」るはずのマクドが腐肉売るくらいだから、製造者表示がないものは敬遠したほうが無難でしょう。




d0252390_15294281.jpg高校の同級生4人が14年後に再開し、定期的に食事会を開くようになる。1人は歳の離れた勤務医と結婚した専業主婦。1人は結婚後も雑誌編集者として活躍するキャリア・ウーマン。1人は婚活パーティーで出会った相手と結婚し、マッサージ店で働いている。そして帰国子女だった1人は翻訳家として大成、グラフィック・デザイナーの夫と暮らしている。4人に共通しているのは結婚していること、そして今現在は子どもがいないこと。1人1人に焦点を当て、物語は進行していく。

各人に共通しているのは、相対的な価値に悩まされていること。これはもう誰だってそうで、物事の評価をする時、何かと比較をするのが一番簡単だから仕方がない。「この人と比べれば自分は幸せ」「あの人は何でも持っているのに何も持っていない自分は不幸せ」といった具合。しかし「他人の幸福を羨んではいけない。 なぜならあなたは、彼の密かな悲しみを知らないのだから」というダンデミスの言葉は正しい。4人はそれぞれ別種の悲しみを抱えている。

4人とも、幸せは相対的な価値観では測れないことに気づかされる。全てのエピソードに胸を打たれるのは、読んでいるのが既婚の男性だからか。いやいや性別に関係なく、幸せとは何か、他人と家族になるとは何かを考えさせてくれる良書である。



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by non-grata | 2014-07-25 15:53 | 読書

(B36)「描いていないと馬鹿になる」|『歌川国芳猫づくし』(風野真知雄)感想

7月19日から21日まで、しまなみ海道〜福山〜倉敷〜福崎〜福知山を旅行してきました。20日はほぼ移動せず、実質2日間で約800km。DN-01のデビュー戦です。

高速道路はゆっくり走るぶんには問題なく、早く大型のスクリーンに交換して楽したいものです。峠道では車重を感じるものの、それ以前に自分が不慣れなのでもう少し何とかしたい。R427から福知山へ向かうR429の酷道は二度と走りたくありませんが。

ナビは、音声案内だけを頼りにGoogle Mapを使ってみましたが、まずまず実用レベル。しかし、節約のため手持ちのiPhonはデータ通信をオフにしてポケットwifiでインターネット接続しているので何かと面倒。RAMマウントをいじって再びPSPを搭載予定です。

まずはNarrative Clipの画像。
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山陽道? 連れの車(スバルXV)と一緒に走っておりまして、いつもだったらこちらが先行するところを、DN-01だと逆の立場に。のんびり行くのがいいんです。
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山陽道からしまなみ海道へ。一度最南端の大島へ行ってから大三島に戻り、それから福山へ行きました。
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大島では山道をぐりぐり上がってカレイ山展望台へ。ここから能島を見下ろすことができます。朝早かったからか見物人はゼロ。当日は狼煙リレーを行うとかで、展望台近くの空き地で狼煙の準備が行われていました。

大島では村上水軍博物館へ行き、その後で目の前にあった能島水軍へ。鯛の天ぷらをいただきました。
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お店には『村上海賊の娘』和田竜氏のサインも。
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食事の後は潮流体験へ。小説冒頭の描写がよくわかる、激しい潮流を間近で見られます。
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宿泊した福山市では瀬戸内料理が美味。しかし、その後の夜店で食べた鶏肉が悪かったのか激しい胃痛に襲われてダウン。何とか翌朝には復帰しました。この時期、毎週土曜日に駅近くで夜店を開いているのは賑やかで良いですね。

翌々日、倉敷から岡山ブルーラインで牛窓を経由しつつ日生からはR250で赤穂方面へ。ヘルメット頭頂部にGo Pro装着したような集団に煽られつつ姫路方面へ。そこから山陽道を利用して福崎へ上がり、R312からr8を西へ移動して水車公園のこっとん亭で麦とろ御膳をいただきました(リンク先、トイレの画像を載せなくても)。その後、r8を東へ移動してR427を北上。文句なしの快走路でした。前述した通り、R429経由で福知山へ入り、そこからは高速道路で帰還。途中のSAで「おばまガールズ」がフラダンスを披露しておりました。




d0252390_13254093.jpg2011年が歌川国芳没後150年にあたり、各地の美術館で展覧会が開かれた。残念ながら行きそびれてしまったが、猫好きとしては押さえておかねばならなかったところだ。

本作はその歌川国芳を主人公として連作短編で、「老い」を感じ始めた時期の物語。歌川国芳のことを知らなくても(私も、「猫の浮世絵師」くらいの認識しかなかった)クリエイターの苦悩と葛藤を描いた普遍的な小説として読むこともできる。

例えば「下手の横好き」。どうにも上達しない高齢の弟子がいるが、この旦那、とにかく春画を描くのが好き。それが高じてとある事件が起こるが、その執念が生み出したクリエイティビティには脱帽せざるを得ない。神は細部(ディテール)に宿るのか、それ以前にバランスが肝心なのかも考えさせられる話になっている。

北斎の娘お栄とのやり取りもそう。「高い塔の女」で国芳は言う。「描いていないと馬鹿になる。描いていれば、毎日、ちっとずつでも前に進んでいる気持ちになる」。国芳とお栄、クリエイター同士のやり取りが実にいい。

もちろん、猫好きにとっても楽しめるエピソードに事欠かない。歌川広重との勝負では、猫好きなら備えていて当然の「猫レーダー」(普通に通りを歩いているのに、どこにどんな猫がいるのかをたちどころに探知してしまう能力)の精度が試される。「猫がいなくなると、猫に置いていかれた気持ちになるのだ」は名言。

本作は「日常系ミステリ」に分類されることになるだろうか。国芳の風刺画が動物を使ったおかしみのあるものだったように、小説の中で謎が解き明かされていく様も、どこか温かみを感じさせるものだった。



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by non-grata | 2014-07-22 14:47 | 読書

(B35)満願成就は幸せなことか|『満願』感想

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鯨を思わせるフォルム、利便性よりデザインを優先したつくり、排熱が右ふくらはぎを直撃する欠陥……乗り手をパーツの一つとしてしか考えていないんじゃないかと思われるDN-01を手に入れました。ポジションは思ったほど楽ではありませんが、今朝方1時間ほど走って腰が痛くなるようなことはなかったので(これがXVだと30分間乗っただけで痛くなる)合格です。

予想外だったのはRAMマウントに取り付けたPSPが振動で吹っ飛んだこと。幸い、ジャンプして太股の上に落ちてくれたので助かりましたが、対策を講じなければ。




d0252390_8264410.jpg全6話の短編小説集。表題作『満願』をはじめ、人の秘めたる願いと、それが叶ったり叶わなかったりすることで生まれる物語が紡がれている。警察小説風な話あり、ホラーあり、私小説ありと、さすがの筆さばき。

一読して良い話に思えても、常に人が抱える暗部を描くことを忘れない作者、米澤穂信の作品がアニメ化されたのには驚かされたが(『氷菓』)、アニメ作品も、きちんとその暗部を掘り下げていることに感嘆した。その上で、人には闇をも雲散させる力があることを、アニメ作品では教えてくれた。えるたそ〜である。

人が願いを叶えようとする時に発する力の熱量が大きいほど、叶った後、あるいは叶わなかった時に襲ってくる虚無感が強くなり、それを緩和してくれる存在がないため、ビターなエンドとなる。『満願』にはえるたそ〜はいないのだ。

本作は惜しくも直木賞を受賞できなかったが、一ファンとしては満願(かどうかは知らないが)成就まで、作品の熱量をどんどん高めていってもらいたいものである。



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by non-grata | 2014-07-18 09:01 | 読書

(B34)手作り感あふれる……|『先生、ワラジムシが取っ組みあいのケンカをしています!』感想

主に本を買っている書店は3カ所で、紀伊国屋書店(昼休み)、ジュンク堂(会社帰り)、近所の近商内の書店(買い物ついで)。付録などおまけしてくれるので急がない時は近商の書店で注文しています(正確には家内にしてもらっています)。注文のついでということもあるのでしょうが、書店員さんが「ウチが注文するものは売れる」と思ってくれているらしく、『ワラジムシが〜』を1冊注文したところ、シリーズがずらりと書棚を占領したそうです。夏休みだしね、自由研究の参考になるかもしれません。




d0252390_16253537.jpg鳥取環境大学の小林教授が書いた「先生シリーズ」は好評のようで、既刊本の紹介によれば、本作を含めて全8作が敢行されている。他の7作も恐らく同じ体裁だろう、夏休みの自由研究発表を思わせる、手作り感のある誌面構成がユニークだ。文体も読みやすさを第一に考えられているようで、強調したい箇所が極太ゴシック体になっているなど、一昔前の「テキスト・サイト」を彷彿させる。見開きで2箇所も3箇所も太字強調されているので、テキスト・サイトが好きだった人にはたまらないかもしれない。

内容は副題にある通り、鳥取環境大学で教えられている「森の人間動物行動学」。ゼミでのエピソードや観察中の発見など(ワラジムシが餌をめぐって取っ組み合いの喧嘩をしたのだ)、いろんなエピソードが詰まっている。

個人的に面白かったのは鳥取環境大学“ツタ”物語。13年前の開学と同時に成長を始めたツタは、いつしか校舎の壁面を覆うまで成長する。ところが「ゲジ(トビイロトラガの幼虫)」が異常発生、ものすごい勢いでツタの葉を食べ始めたのだ。

そこへやってきたのが「捕食者」であるツバメ類やイソヒヨドリ。適度に「ゲジ」が駆逐され、ツタの葉は全体の50%ほどの損失で済んだのだった。

このエピソードで思い出されたのは『捕食者なき世界』。ツバメ類やイソヒヨドリがいなければ、「ゲジ」によってツタの葉は殲滅され、食べるもののなくなった「ゲジ」もいなくなったかもしれない。

などと、環境問題を考える足がかりとなる一冊。



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by non-grata | 2014-07-15 16:54 | 読書

(B33)何個豆があるんや|『豆の上で眠る』感想

最近は週末の早朝短距離ツーリングが楽しみで、考えてみれば誰にも邪魔されず孤独になれる(ほぼ)唯一の時間で、ストレス解消になります。DUKE 125も乗りやすいし、言うことはありません。

r12〜R166〜R24〜R309の定番コース、帰りのR309で教科書に載りそうなバイク事故に遭いかけました。右車線を走行中、目の前の車が急に右折レーンへ移動、それを見た対向車線の右折レーンの車が飛び出してきます。(1)対向車線の右折レーンに車がいたことを認識していたのと、(2)恐らくABSがしっかり仕事をしてくれたので、事なきを得ました。

DN-01は無事納車されたものの、日曜日は雨で動けず。うーむ。




d0252390_17445252.jpg「豆の上で眠る」とは、アンデルセン童話『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』に由来する。主人公が子どもの頃、「姉」に読んでもらった話で、本当のお姫様なら幾重にも重ねられた布団の下に置かれたエンドウ豆に違和感を覚えるくらい繊細なものなんですよ、という寓話。それで王子様は本当のお姫様を見つけ出すのだが、そんな神経質なお姫様をパートナーにして、さて、王子様の精神は保つのだろうか。

ところが、本作では読者が背中にエンドウ豆を感じながら読み進めることになる。

主人公の「姉」、万祐子が行方不明になったという話は本当か。主人公の妄想ではないのか。作者の叙述トリックに引っかかっているのではないか。実は主人公はこの世のものではなく、周囲の幻想によってのみ存在しているのではないか。等々。一つ謎が明かされ、エンドウ豆がなくなったかと思えば、また別のエンドウ豆が背中に当たっている! そんな感じで次第に真相に近づいていく。

最後には全ての布団が作者の手によってめくられ、そこにエンドウ豆を見つけることができるが、それでも背中の違和感は拭えないはずだ。家族って何? 当たり前のことに、問いかけがなされる。最後の疑問だけは、自分で考えて応えを出すしかないのである。



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by non-grata | 2014-07-14 17:59 | 読書

(B32)壬申の乱編もありますか?|『まほろばの王たち』感想

先日、書店でちらっと見かけた新書のタイトル、あるいは帯の惹句に、「読書は99%がアウトプット」とありました。恐らく、本は読むだけではなく、読んで何を思ったか、どう感じたのかをアウトプットする作業が大事、ということではないでしょうか。日頃そう感じてはいるものの、なかなか好きな本の話し相手が見つからないのは辛いものです。

今回紹介するのも良書、なのですが、読んでからずいぶん経って書くので細かなことを忘れていてしょんぼりだよ!




d0252390_15462560.jpg大化の改新から5年後の日本が舞台のファンタジー。クーデター後、強力な中央集権制度が敷かれようとして、都で、山で歪みが生じる──都には「鬼」が、山には「神喰い」が現れたのだ。都と山に住む者たちは疑心暗鬼に陥り、互いに相手があやかしを送り込んだのだと疑い始める。

多くのファンタジーで現代社会が風刺されているように、本作からもまた、様々なメッセージを受け取ることができる。

「道は人を繋げ、国を広げる良きものではないのですか?」
「道は人を変え、国を変えます。だが、山は変わらないし、変わることを望んでいない」

「道は確かに人を動かすだろう。物を四方に運ぶだろう。だが人も物も流れ去った山はどうなるのか。奉じる人のいなくなった神はどうなるのか」

「正義は誰か一人で決めて良いものではない。そのために、皇子と鎌足さまがこれから作る国の形と法の秩序が大切になってくる」
「ですが、心に正義の炎のない者が誰かを裁いたりすることはできません。法はその炎を燃やす助けでしかないはずです」

「人の命を弄んで事を成そうというのは、数ある術の中でもっとも醜いものだな」

「よそから持ち込んだ考えで装えば無理が出る。多くの者が傷つき、この騒ぎとは比較にならぬほどの悲劇が起きると何故わからないのだ。強い国、大きな国など、悲しみしか生まない。強さの上に立った民の幸せなど幻に過ぎん」

萌えあり(物部の姫・広足はマジヒロイン)、燃えあり(広足が仕える賀茂役小角はアツい)で、エンターテインメントとして純粋に楽しめる。と同時に「この国のかたち」について、読者に問題提起している。

この物語から15年ほど後に壬申の乱が起こる。その重要人物も登場しており、大海人皇子が吉野の山中から無事、脱出できたのは山の神の加護があったからか、などと邪推してしまう。本作の世界観で壬申の乱も読んでみたい。



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by non-grata | 2014-07-11 16:31 | 読書

今年は何でも五つ星
by non-grata
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