おっさんノングラータ

カテゴリ:映画( 63 )




(M20)豪華仮装大会|『るろうに剣心 京都大火編』感想

d0252390_15213767.jpgどうしても時間を潰さないといけない状況となり、近くの映画館で上映時間の都合が良かったという理由で観ることになった。ネット上の評判もそんなに悪くなかったし。なお、原作未読、アニメも未視聴、映画前作は飛行機の待ち時間に千歳空港で鑑賞した。

GODZILLA ゴジラ』同様、話にそれなりの整合性があるアクション時代劇を期待するとがっかりすることになるが、年末の(今はやってないか)「芸能人隠し芸大会」を見るくらいの意気込みなら満足すること請け合い。「俺の幕末はまだ終わっちゃいねぇ」の決め台詞も抜かりなく使われるので、安心して敵方にも感情移入できる。

漫画/アニメなら許されるコスチューム/アクションも、俳優が真面目に同じことをすると失笑を禁じ得ないが、それは再現度の高さの裏返し。前作同様あっさり敵の手に落ちる武井咲は、堂々の様式美。佐藤健の、ワイヤーで吊られて屋根に飛び上がる演技も堂に入ったものだった。

しかし、藤原竜也の乱鎮圧に政府が軍隊を使わないのに「諸外国に日本が混乱しているところを見せるわけにはいかない」とか何とか言っていたけど、放置しているほうがよっぽど都合悪いんじゃないですかね。



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by non-grata | 2014-08-20 17:01 | 映画

(M18)(M19)『グランド・ブダペスト・ホテル』と『青天の霹靂』

観たけれど、記録していなかった2作品。

グランド・ブダペスト・ホテル』は台湾からの帰りの飛行機の中で途中まで観て、最後まで観たかったけれど体調不良により挫折。地味な映画だから梅田で単館公開かと思ったら、近所の映画館で上映してくれたので助かった。やるじゃん、MOVIX八尾!

東欧の架空の小国ズブロフカを舞台にした話だが、よくよく考えるとファシズムの台頭と戦後の赤禍に翻弄されたルーマニアの話じゃなかろうか。あるいは素直にハンガリーかもしれない。現代/1960年代/1930年代に焦点が当てられているしね。ホラ話かと思ったら、最初と最後に出てくる「鍵」で実話だったんですよ──舞台と年号はごまかしているけれど、映画で描かれたような話は現実にあったんですよと最後に明かされる。面白くないこともなかったが、救われない話。映像が印象的だった。

青天の霹靂』。事前情報なしで観たが(正確には途中で予告を見たことを思い出したけれど)、よくできた映画だった。深夜番組で劇団ひとりをちょくちょく見かけ、「ゴッドタン キス我慢選手権」には大いに笑わされた(あれ、映画になったんですよね。いろいろすごい)。芸達者な人が全力で泣かせにくるんだから、そりゃあ泣かされるわな! 大泉洋も良かった。

最近の邦画に多い、何でもかんでもナレーションで説明するというのではなく、役者の演技で語らせるというのが良かった。柴咲コウってこんなに可愛かったんだ!



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by non-grata | 2014-07-30 12:02 | 映画

(M17)体調崩すほどつまらない?|『GODZILLA ゴジラ』感想

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土用の丑も近いということで、セブンイレブンで「にょろ〜り う〜なぎチョコパン」を食べてきました。r12〜R165〜R169〜R24〜R370〜R309〜r30〜R166、という、早朝お散歩コースの途中、飛鳥駅近くのセブンイレブンにて。
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DN-01に乗った後だと、こいつの軽さがよくわかる。品質面でいろいろ言われるDUKE125ですが、今のところ異常なし。




d0252390_1322156.jpg特にゴジラ映画に思い入れがあるわけでなく、1954年版『ゴジラ』を神格化しているわけでもなく、1998年版『GODZILLA』が嫌いでもない人間が、『GODZILLA ゴジラ』を観に行った。以下、ネタバレあり。

1954年版『ゴジラ』のリメイクではなく、「ゴジラ vs 怪獣」の系譜に当たる作品だった。日経新聞の映画評で気づいておくべきだったが──一読した時は「何てネタバレを!」と怒ったものだが、怪獣映画に興味がない人はこのレビューで危機を回避できたのだ。実は親切なレビューだったのだ──、読んだのはチケットを確保した後だったのだ。

予告だけの印象では、出てくる怪獣はゴジラだけ。60年ぶりのリメイクということで、また日本が54年の映画公開後に三度目となる放射線の恐怖を味わったことで、それなりの内容になっていると期待させられた。もちろん期待するのは観客の勝手なので、その意味でこの予告編はよくできていたと言える。

面白かったのは、ビキニ環礁の水爆実験で的にされた空母〈サラトガ〉だが、実はゴジラを追い詰めるために使われた(らしい)こと、そして6代目〈サラトガ〉が現代のゴジラ追跡に投入されたという因縁。実艦は94年に退役、間もなくスクラップになるという。

「怪獣映画としては面白かった」という意見をネット上で見かけたし、一緒に観た人もそう言っていたから、きっとそうなんだろう。怪獣映画を期待していなかった者としては、夫が眼前で奥さんを亡くすシーンの演出の古臭さに驚かされ、その夫(原発の技師)がストーリーにもっと関わってくるのかと思えばそうではなく、15年後に息子が父親の立場となった時、同じような状況に陥るのに奥さんを助け出す、というカタルシスもない。このできの悪いエピソードが、ゴジラ映画のどれかにあった何かのオマージュだったら、そういうことなんだろうが。渡辺謙とそのアシスタント(?)の存在感のなさにも驚かされる。

対怪獣戦の描写も雑。敵を誘引するため核ミサイルをサン・フランシスコに運ぼうとするが、航空機は敵が放つ電磁パルスの影響で接近できない。そこで列車で運ぶことになるが、あっさり敵に破壊される。ミサイルは無事だが、何故か敵は手を出さない(敵を誘引するためのものじゃなかったの?)。結局、ミサイルはヘリで運ばれることになるが、えーと、電磁パルスの影響は? フレームに収まりきらないから米海軍の軍艦がゴジラに超接近して航行するのは仕方がないとして、敵が電磁パルスを放つとわかっていながら戦闘機による近接攻撃を試みて、ばたばた撃墜されるのってどういうこと? 主人公が爆弾処理のエキスパートなのに、最後、核ミサイルが無駄に爆発するってあり?

早々と続編が決まったそうで、海上映画好きには朗報なんじゃないですかね。映画の途中から、ワシントン・ポストの記事「マイケル・ベイ(と中国人)がハリウッドのコメディ映画を抹殺」が頭の中を支配するようになり、公開が終わる前に『her/世界でひとつの彼女』を観に行こう、と心に決めたのだった。



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by non-grata | 2014-07-28 14:18 | 映画

(M16)シミュレーションは大切|『オール・ユー・ニード・イズ・キル』感想

無性にDN-01が欲しくなる。赤+純正バッグ+SP忠男マフラーつきでまずまずの中古が見つかりました。明日、近所のRBで展示されるようなら縁があったものと身受けしようじゃないか!

d0252390_10141822.jpg聞くところによると、映画と原作は別物で、映画は「兵士がタイムリープして次第に強くなる」というアイディアを発展させた娯楽大作に仕上がっているのだとか。以下、大いにネタバレあり。

恐らく優秀な広告マンだったトム・クルーズだが、「ギタイ」と呼ばれる地球外生命体による侵略の煽りを受けて代理店が倒産。しかし軍の広報官に採用され、そこで頭角を現す。短期間で将校さんになったのだから、恐らくそうだ。

さて、人類はそのギタイに太刀打ちできなかったが、パワード・スーツ的な外骨格=戦闘機動スーツを装着して兵士を強化することで、ある程度は戦えるようになった。ヴェルダン(第一次世界大戦の激戦地。今年は第一次大戦勃発100周年)で、「フルメタル・ビッチ(戦場の牝犬)」ことエミリー・ブラントが一人で100体ものギタイを倒したのだ。さあ人類反撃の時がきた。西ヨーロッパはギタイに占領されているが(ということは、結局ヴェルダン戦には負けたのね)、イギリスから戦闘機動スーツ部隊がフランスに上陸(今年はノルマンディ上陸作戦70周年)、東部から中国軍とロシア軍が挟撃して(今年はバグラチオン作戦70周年)ギタイを一挙に殲滅しようというのである。

トム・クルーズにはDデイのロバート・キャパよろしく、最前線でレポートするよう命じられたが、紙で指を切っただけで卒倒するような虚弱体質。命令を拒否したら逮捕され、意識を失い、気づけば新兵の訓練キャンプに。しかも翌日には作戦が決行される! あれよあれよという間にドロップ・シップに乗せられ、戦闘機動スーツの扱いもよくわからないまま敵前に降下。当然、戦死。しかし次の瞬間、新兵の訓練キャンプで目を覚ます。

最近、タイムリープものを観たり読んだりする機会が増えているが、本作のそれは『魔法少女まどか☆マギカ』の性質によく似ている。暁美ほむらがワルプルギスの夜を倒すため、そして鹿目まどかを魔女化させないために何度も何度も戦いをやり直したのと同様、トム・クルーズも人類の存亡をかけて何度も死ぬ。死ぬ度に同じことが繰り返されるので自然、戦い慣れして強くなる。戦場で経験に勝るものはないのだ。

『魔法少女〜』のタイムリープ能力は暁美ほむらが偶然得た力だが、『オール・ユー〜』は、もともと敵の能力であり、ギタイは都合が悪くなると時間をリセットして戦いをやり直してきた。そりゃあ人類はギタイに勝てませんわ。しかし人類側にその能力を持つ者が現れ、状況は変わる。どんなにギタイが戦いを有利に進めても、トム・クルーズが死ねば振り出しに戻ってしまうのだから!

それにしても10回も20回も、いや100回も死んでは生き返り、かつ記憶を引きずっていると、人間の精神は崩壊してしまわないものだろうか。暁美ほむらはその限界に達し、全てを諦めかけたところで鹿目まどかがある決断を下すことで救われた。トム・クルーズも一度は諦めかけたが、最後は力業で乗り切った。前者はそのシーンが真のエンディングで後はエピローグとなるが、後者は、乗り切ろうとする直前にもう一波乱あって、ハリウッド映画らしいエンディングが用意されている。どちらにしても、「諦めずに努力することで展望が開ける」というところで山がくる。

最後はリセット不可の一発勝負が求められるが、これまでの経験で困難を乗り越える。考えてみればノルマンディ上陸作戦も、これが一発勝負だったら大変なリスクを負うが、連合軍は1942年にディエップ強襲を行い、そして大損害を出して失敗している。死んだ、あるいは捕虜になった将兵にはたまったものではないが、この時の経験が本番のDデイで役立ったのだ。シミュレーションは大切ということか。

ここで盛大なネタバレ。

アルファとオメガを倒した後、トム・クルーズはイギリスへ向かうヘリの中で目を覚ます。何というご都合主義と思ったが、「ヴェルダン戦に勝利して人類をヨーロッパから駆逐、アルファがルーブルの地下へ移動したらステージ終了(セーブ・ポイント)」だったのではなかろうか。だから、アルファが死ぬと最後にセーブされたポイントまで時間が遡り、ハッピー・エンドとなる。という解釈でどうですかね。



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by non-grata | 2014-07-04 10:14 | 映画

(M15)大事なことは二度言います|『超高速!参勤交代』感想

平野綾が八尾に来るというので、超高速で参勤交代してきたった。侮れんな、アリオ八尾! もっとも、特にファンというわけでもなく、2階からご尊顔をちらっと拝んでそそくさと撤収。トークショーが始まる前、司会のお姉さんが「涼宮ハルヒ」のフィギュアを取り出して、観客に平野綾が声優であることを説明していたが、トークショーが始まった時点ではテーブルからフィギュアが片付けられていたのが印象的だった。もっとも、その後で再び取り出したのかもしれないが。

d0252390_13412576.jpgそれはさておき『超高速!参勤交代』である。昨年末、あるいは今年の初めだったかに放映された「宮崎美子のすずらん本屋堂」で、原作はオススメの時代小説にあげられていた。書店で見かけるたびに買おうと思ったが、装丁がどうにも気に入らずに見送っていた。通常、1年おきに行われた参勤交代を、明けた直後、5日以内にもう一度行えと命じられるのである。しかも小藩、とても財政負担に耐えられるものではない。やるかやらないか?(やらなかったらお取り潰し)やるならどうやって?(金もないのに)そもそも何でこんな目に遭わなければならないのか? と、サスペンスあり、ミステリありの内容になっている。

参勤交代を命じられる湯長谷藩の藩主、内藤政醇は佐々木蔵之介が演じる。凡庸な作品だった『椿三十郎』だが、佐々木蔵之介の好演が光っていたのを思い出した。内藤を助ける抜け忍に伊原剛志、途中の宿で出会う女郎に深田恭子とキャスティングは豪華。内藤の参勤交代を阻止、湯長谷藩の領内にあると誤解している金山を自分のものにしようと画策する老中は陣内孝則。この陣内孝則がまた、楽しそうに悪役を演じていた。

勧善懲悪の物語、登場人物も決め台詞を繰り返してくれるのでテーマも明確。例えば深田恭子は佐々木蔵之介に言った台詞をそのまま石橋蓮司にもぶつける。佐々木蔵之介も同じ台詞を繰り返したはずだけど、それが何だったか思い出せない──観た後にすぐ記録をつけておくんだった。湯長谷藩の武士たちの啖呵が繰り返されたのは覚えているのに。

意地でも5日以内に参勤交代しようとする側と、それを阻止する側の丁々発止の駆け引きだけでも面白いのだが、最後に無理なくチャンバラを入れて盛り上げてくれるのが素晴らしい。

湯長谷藩が今の福島県(いわき市)にあることを思うと、徳川吉宗(市川猿之助)が佐々木蔵之介に言った言葉にどきりとさせられる。ただし、この台詞は1回しか言わない。それまで、ステロタイプな決め台詞を繰り返しておきながらこの台詞は1回だけ。だから重く響くのである。



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by non-grata | 2014-07-03 14:35 | 映画

(M14)エンドロールが熱かった|『キカイダーREBOOT』感想

 子どもの頃は『仮面ライダー』ならライダーマン、『キカイダー』ならハンペン(服部半平)と、フリーランスな立場で主人公たちを助ける立場に憧れていました。あれから40年、思いっきり宮仕えの身ですが。ちなみに「はんぺん」なる食べ物が存在することを知ったのは成人した後のこと。

d0252390_14561327.jpg 『キカイダーREBOOT』の企画が持ち上がったのは、テレビ放映が開始された1972年から40年後の2012年のこと。KADOKAWA代表取締役専務の井上氏の発案で始まった企画ですが、リンク先のインタビューにある通り、40周年はちと遅い印象があります。30周年と違ってターゲットを絞りにくい──30周年なら親子2世代狙い撃ち、という作戦が取れます。40周年でもそれはできないことはないけれど、子の想定年齢は高くなる。普通に大人の鑑賞に堪える作品にしないといけないわけです。

 ああ、小さな子ども向けの作品が「子供だまし」でいいわけはなく、真面目につくられた作品は世代に関係なく評価されるべきなのですが。念のため。

 「『キカイダー』は“ダメさ加減”がたまらない」のは確かにそうで、ヒーローなのに完全ではない、ギルの笛に惑わされる、葛藤もある、すぐに壊れる、壊れたら女の子に修理してもらう、など、「ダメ」なロボット=アンドロイドでした。『REBOOT』でもそこはある程度、踏襲されているものの、光明寺博士(まさかの長嶋一茂)、娘と息子を危険から遠ざけるためにと、「光明寺ファイル」をマイクロSDカードに保存して、こっそり息子の体内に埋め込むのはどうかと思う。そりゃあ敵対勢力は息子を追いかけますって。危険から遠ざけるどころか火中に放り込んでどうする。基本設定の“ダメさ加減”はいただけません。

 もっとも、そうしないとジロー/キカイダーの任務が不要になってしまうわけですが。けれど、日本経済再生をロボット産業にかけよう→実は軍事転用も視野に収めていました、という(よくある)現代劇にアレンジするのであれば、『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のように大胆に翻案しても良かったのではないかと思います。「良心回路」の設定とテーマさえ外さなければ。

あ、くどいくらいのキカイダーとハカイダーの殴り合いは嫌いではありません。拳で語り合う的な意味で人間臭くて。最後はアレを使いますが。



#映画レビュー
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by non-grata | 2014-05-27 15:43 | 映画

(M13)専業主婦には(多分)きっつい映画|『ブルージャスミン』

 自宅から一番近い映画館はMOVIX堺、無難なシネコンなんですが、ウディ・アレンの新作『ブルージャスミン』上映していて驚きました。スタッフにファンがいるのか。上映2週目、土曜日正午からの回というコンディションでしたが、観客は堂々の2名。おっさん&おっさんですよ。

d0252390_14121647.jpg 以前観た『ミッドナイト・イン・パリ』のような軽妙さはなく、シリアスな展開です。投資家の夫を失い一文無しとなった姉(ケイト・プランシェット)は、サン・フランシスコに住むシングル・マザーの妹(サリー・ホーキンス)の許へ転がり込む。都落ちしたセレブと典型的なブルー・カラーの二人がしっくりくるはずもなく、しかし姉は妹に頼らなければ住むところに困るという現実があり、妹も姉の成功体験が自分にも訪れるのではないかという期待がある。

 登場人物の信条は「他力本願と責任転嫁」のようで、およそヒーロー、ヒロインからは縁遠いのですが、リアリティがあり、嫌でも誰かと感情移入してしまいます。例えば、「この資格を取れば良い仕事に就けて生活も安定する」(他力本願)とか、「この男と一緒になれば楽に暮らしていける」(これも他力本願)とか、「今がクソみたいな生活なのはあいつの口車に乗ったせい」(責任転嫁)とか、身につまされるようなエピソードが盛り込まれています。

 他力本願と責任転嫁の行き着く先はブランド信仰で、誰かが良いと評価してくれるものを盲信して良いものだと勘違いしたり、勝手に裏切られたりするわけです。ホワイト・カラーもブルー・カラーも、男たちが皆、女をモノ扱いするブランド信仰者として描かれているのが実に辛辣。

 あ、一人だけ例外がいました。彼だけは自分の価値観を持って生きており、「姉」は最後に自分にそれが欠けていたことを知って慟哭してしまったのではないでしょうか。




#レビュー
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by non-grata | 2014-05-20 15:11 | 映画

(M12)豆大/吾平世代でも楽しめます|『たまこラブストーリー』感想

ここのところ観たいと思える作品がなかったわけですが、昨日、アリオ八尾に富永TOMMY弘明と橋本仁が来て、『ジョジョの奇妙な冒険』第一部、第三部のOPテーマを披露するというじゃありませんか! それならばと、MOVIX八尾で何か観たついでに生歌も聴こうと、順番が逆なような気もしますが映画を観に行った次第です。それが『たまこラブストーリー』。

d0252390_13265728.jpgテレビ・シリーズ後の話ではありますが、独立した作品として鑑賞しても楽しめるラブコメに仕上がっています。本編を最後まで見たにもかかわらず、殆ど忘れてしまっていたおっさんが楽しめたんだから間違いない。

例えば現在放送中の『ニセコイ』が童貞の妄想を具現化したような突拍子のない話だったり、上映前に予告編が流れていた『好きっていいなよ。』が処女スイーツ(笑)に喜ばれそうな設定だったり、ラブコメは非現実的、あるいは非日常的なものが多いようです。なお、おっさんにとってはそれらも大好物で、『ニセコイ』は欠かさず見てますし、『好きって〜』は観ないと思うけれど『カノジョは嘘を愛しすぎてる』は観ました。面白かった。

それもそのはず、映画に出演しているのは美男美女、それらに感情移入して物語に没入するなら、身近に感じられる日常的な話よりも、現実ではなかなかお目にかかれないファンタジーのほうが面白いはず。なのですが、『たまこラブストーリー』を観ると、日常の中にも美しく素晴らしいものやことがいくらでも存在することに気づかされます。

ストーリーは実にシンプル。高校を卒業したら東京の大学へ進み、映像の勉強をしたいと考えるもち蔵が、自分の進路のことと、想いを、幼馴染みであるたまこに告げるというだけ。部活、進路、卒業、友情、恋愛と、誰もが思春期に直面する悩みとそのブレイクスルーが丁寧に描かれているので最後まで楽しめます。自分の年齢を考えると、どうしても親が子を見守るような視線になってしまうのですが。お父さん(豆大)とかお父さん(吾平)に感情移入してしまいます。

そういう世代が観ても面白いと思えるのは、彼らにもたまこ/もち蔵のような時期があったということを、きちんと描いてくれているから。娘/息子たちが親のことを想って、親たちもまた娘/息子のことを想う件に泣かされます。

アニメーションの良いところはカリカチュアによる演出が可能なところで、例えばもち蔵に告白された後、うさぎ山商店街の面々にもロマンスがある/あったことをたまこが知るシーン。これは実写だと、豆大とひなこのエピソードもあるのでくどくなりそうですが、本作では良い感じでスパイスになっています。また女の子たちの多少誇張された振る舞いが可愛らしさを生み、男の子たちの場合は憎めない馬鹿っぽさを際立たせているのは、京アニの面目躍如といったところでしょうか。自分が知らないだけかもしれませんが、これは京アニ以外の作品では感じたことはありません。

みどりちゃんがたまこに抱く複雑な感情とその変化もきれいに描かれています。一緒に映画を観た家人に言わせると、「思春期の女の子特有の、友情と愛情の狭間で揺れる独占欲的なもの」だそうで、実写でリアルにやるとどぎつくなりそうですが(男の子との取り合いにならなければ『櫻の園』のようにきれいにまとめられるか)、「絵」のおかげか適度に抑制された演出となり、しかし全編ほわわんとした話の中で、良いアクセントになっていました。

みどりちゃんの場合は多少、想いが行き過ぎなところがありましたが、『たまこマーケット』はいつだって誰かが誰かを想っているという当たり前だけれど大事なことを教えてくれる作品でした(よな)。そして本作『たまこラブストーリー』では、佐野元春の歌じゃないですが、「いつかは愛の謎が解けて/一人きりじゃいられなくなる」話なのでした。

豆大/吾平世代なのでそれまでは生温かく見守っていたはずなのが、ラストシーンで、たまこ/もち蔵と同じ視線に引っ張られます。ずるい、と思いつつも感涙せずにはいられません。



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by non-grata | 2014-05-07 14:52 | 映画

(M11)何という『キルラキル』|『アナと雪の女王』感想(★★★★★)

d0252390_12534749.jpgできれば「3D・吹き替え版」を観たかったけれど、既に3D上映は終了していたようで、やむなく「2D・字幕版」を鑑賞。評判の良い吹き替え版でも良かったのだけれど、鑑賞可能な時間帯には字幕版しかかかっていなかったのです。

で、『キルラキル』ですよ。途中で「ま、いいか……」と視聴をやめていったテレビアニメが多かった中で、本作は最後まで「何だかわからないけれど」楽しむことができました。その、「何だかわからないけれど」が『キルラキル』の一つのテーマなので、制作側の術中に見事にはまったわけです。が、「何だからわからないけれど」とにかく面白かった、というのは間違いで、よくよく考えるとちゃんと自分が面白く感じるツボが押されていることがわかります。

いささか下卑た表現になりますが(おっさんだからな)、どこをどう責めれば気持ちいいかわかっている相手から責められている感があって、安心して身を委ねていられる感じ。なんですが、新しい自分の性癖を開発してくれることはありません。例えば『宇宙戦艦ヤマト』、例えば『新世紀エヴァンゲリオン』、最近なら『魔法少女まどか☆マギカ』など、「ハマるとやばいけど抗えない感(くやしい…!でも…感じちゃう!)まではない。価値観を揺さぶれるほどではなかったわけですが、そりゃあこれまでいろんな映画を観て、本を読んできたわけだから。そうそうクリムゾンしていたら身が持ちません。

それと同じことが『アナと雪の女王』にも言えて、気持ち良く楽しませてもらったけれど、それ以上でもそれ以下でもなかったわけです。いや、文句のつけどころもないんですけどね。

ついでなので、本作と『キルラキル』のその他の相似点。

姉妹の対決。直情径行型の妹と思慮深い姉。その思慮深さが仇となったわけですが。『アナ〜』では、そんな姉妹の性格の違い──育てられ方の違いが歌で表現されていたのが素晴らしい。

エレクトラ・コンプレックス。『キルラキル』はずばりでしたが、『アナ〜』では、両親同様、良き統治者にならねばという呪縛に姉が囚われました。それを乗り越えてのハッピー・エンドです。

性差ないやん。「エレクトラ」と書いたものの、別に男の子が主人公でも問題ありません。その場合はエディプス・コンプレックス。あ、『キルラキル』は「服=ファッション」がキーワードなので女の子のほうがいいか(ジェンダー的にNGな発言ですね)。

裸が一番。服を着る=自分自身に、あるいは他人に対して勝手にフィルタリングしてしまうとろくなことにはならず、マッパ=腹を割って話し合うのが一番やね、というお話。『キルラキル』はそれをそのまんまやってしまったわけですが、『アナ〜』では「真実の愛とは何ぞや」という問いかけがなされています。見せ方は違うけれど言っていることは一緒。

音楽が良かった。『アナ〜』は言わずもがな。『キルラキル』も直球のオープニングと変化球のエンディングの配球が絶妙。燃えるシーンで前期オープニングを流すとか(『ガンダムビルドファイターズ』もそうでしたね)、ミュージカル的な演出ですよね。



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by non-grata | 2014-04-02 13:45 | 映画

(M10)ちょっと長いけど面白かった|『KANO』感想(★★★★★)

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仕事の連絡は遅いのに、「来週台湾来るなら『KANO』行こうぜ。まだ俺観てないんやわ」とSkypeで誘ってくれた得意先の台湾人に連れられて、『KANO』に行ってきました。公開2週間で興行成績2億台湾ドル(6億円くらい)と、大ヒットなんだそうです。

で、映画館に行ってみると
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この人だかり。平日21時30分からの回ですよ? この時は出演者の一人が来ていたらしく、それほど有名な役者さんではなかったそうですが、これだけの熱狂ぶりです。ちなみに映画が終わったのは午前1時。平日でも2時3時まで上映しているそうです。代金は日本の半分くらいで予約制。

指導のあり方で上司と対立、高校野球に背を向けた近藤(永瀬正敏)が、創部以来1勝もしたことのない嘉義農業高校(KANO)野球部の監督を務めることになる。その指導の厳しさは「鬼」と形容されるほどで、周囲からも心配されるほど。勝ち負けより体力づくりが目的なら、ほどほどでいいんじゃないの?

最初は監督に言われるまま練習していた部員たちだが、敗北の悔しさを知ってから一転、一つの目的を目指して一致団結する。このへんはステロタイプのスポーツものとは言え、ぐっときます。星一つ。どうせ勝てっこないからと、支援を渋る校長や地元の名士に対し、啖呵を切る永瀬がまたいい。詳しくは描かれていないですが、自腹を切って遠征させたんでしょう。男泣き必至で星一つ

終盤はKANOが甲子園へ進出してからの試合で、無名校の活躍が日本中の注目を集めます。人種差別的な質問を浴びせた記者が改心するくらい、選手たちのひたむきな姿勢が胸を打ちます。星一つ。バットを折りながらも甲子園のフェンスに打球を直撃させた初のアジア人がKANOの選手で、試合中断までして審判団がフェンスに墨で印をつけ、選手にサインさせるというエピソードには、感動的なものがあります。星一つ

さて、この試合は昭和6年(1931年)のことで、10年後には太平洋戦争が始まります。映画は戦争末期、KANOと準々決勝を戦った札幌商業のエース、錠者(だったか)投手が徴兵され、台湾に送られたところから始まります。彼は列車で基隆から任地へ送られる途中、嘉義に立ち寄ります。その駅では現地召集された人の姿も見受けられ、当時の日本軍がKANO同様、他民族の混成であることを思い知らされます。

しかし現実には五族協和(本作に関して言えば満州と朝鮮を抜いた三族)の理想にはほど遠かったわけですが、KANOは、その可能性があることを感じさせてくれます。ただし、あのシーンとかこのシーンの描写をこれこれこういうことの暗喩だと身勝手に解釈するのは危険です。だから××は正しかったんだ、とか、台湾だけは日本の友人だ、とか、浅薄で狭量な思想に流されてはいけません。

選手たちの「その後」が、『アメリカン・グラフティ』のように最後に少し語られ、そこだけ繁体字の字幕しかなかったので詳細はわかりませんでしたが、少なくとも二人が南洋で戦死されています。その事実だけをもってしても、単純に語れないのです。映画を観終わった後、英語のボキャブラリーが貧弱すぎたこともありますが、台湾人に対して感想を述べるのに躊躇しました。

野球映画としてだけではなく、時代背景も含めていろいろ考えさせてくれる『KANO』は、期待通り素晴らしい作品でありました。星一つ

なお全編ほぼ日本語なので、字幕なしでも鑑賞に問題ありません。



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by non-grata | 2014-03-19 09:49 | 映画

今年は何でも五つ星
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