おっさんノングラータ

2012年 12月 05日 ( 1 )




そんな奴おらんかったんや|『桐島、部活やめるってよ』感想

行きが『ted』で帰りがこちら。上映時間は103分なのでぎりぎり。台湾からの帰りのほうが飛行時間が短いので、サービス開始と同時に見始めないといけません。

春頃に台湾に行った時はちょうど良い長さの映画が他になくて『ダーケストアワー 消滅』に挑戦。行きは途中で寝て、帰りで雪辱したものの、寝ていたほうが良かったかな、という内容でした。




d0252390_13483431.jpg今の高校生活が映画で描かれているようなものであれば、30年近く前、自分が経験した高校生活と大して変わっていないのに驚かされた。となると、やはり高校生活というのは日本社会の縮図であり、最も日本人らしさが発露される場なのだろうか。

最初に、体育部、文化部、帰宅部にカテゴライズされ、社会のヒエラルキーが形成される。体育部が上位で文化部は下位、帰宅部はその両方に属するアウトローだ。体育部、文化部の中でも上下ができる。それに友人の多寡、勉強の出来不出来や恋人の有無が影響する。

とは言え同じ高校生、この程度の無意識の上下関係は、ちょっとしたアクシデントでひっくり返る。そこで体制を維持したいと誰もが思い──意外かもしれないが、下位にいる者が上位にいきたいとは必ずしも思っていない。自らヒエラルキーに属していないと主張するかもしれないが、下位は下位で今のポジションに留まっても不都合はないのだ。むしろ上位に祭り上げられれば面倒が増える──組織全体を枠組みを変えることなく引っ張ってくれる存在を求める。

それが桐島である。バレー部を引っ張り、彼女持ちで多数の友人を持つ桐島が、突然、部活をやめると言い出した。しかも、誰にも告げずに。

大袈裟だが、玉音放送が流れて日本国民は大いに狼狽えたように、精神的支柱が突然いなくなった高校生たちもまた、昨日までの日常が奪われ、混乱する。国民の数だけ終戦の日のエピソードがあったように、「国体」ならぬ「校体」が突然の発表をした日にも、生徒の数だけドラマがあった。誰もが終戦と無関係でいられなかったように、桐島と直接関わりのなかった下位グループに属していた前田(神木隆之介)にも、余波が襲いかかるのである。

社会の再構築にはガラガラポンが手っ取り早い。図らずも、屋上での前田の提案がその合図となる。

以下、ネタバレになるが、桐島は最後まで姿を現さない。その桐島の幻影を追って右往左往する生徒たちは、本能だけで徘徊しているゾンビそのもの。実は上位にいる者がゾンビで、劇中劇でゾンビの格好をする下位の生徒に襲われるのが何とも皮肉だ。喧嘩(?)の後は夕陽に向かって一緒に駆け出して全てをリセットできるのが学生の特権──のはずだが、その騒動で新たな秩序が生まれるかと思ったら、前田と菊池(東出昌大)の邂逅が、新たな「桐島」の誕生を予感させる──が。そこでもう一回、変調があって、物語は美しく終わる。

「俺たちは戦わなければならない、この世界で生きるしかないんだから」だっけ。その通りなんだよな、前田。



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by non-grata | 2012-12-05 16:00 | 映画

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