おっさんノングラータ

(B32)壬申の乱編もありますか?|『まほろばの王たち』感想

先日、書店でちらっと見かけた新書のタイトル、あるいは帯の惹句に、「読書は99%がアウトプット」とありました。恐らく、本は読むだけではなく、読んで何を思ったか、どう感じたのかをアウトプットする作業が大事、ということではないでしょうか。日頃そう感じてはいるものの、なかなか好きな本の話し相手が見つからないのは辛いものです。

今回紹介するのも良書、なのですが、読んでからずいぶん経って書くので細かなことを忘れていてしょんぼりだよ!




d0252390_15462560.jpg大化の改新から5年後の日本が舞台のファンタジー。クーデター後、強力な中央集権制度が敷かれようとして、都で、山で歪みが生じる──都には「鬼」が、山には「神喰い」が現れたのだ。都と山に住む者たちは疑心暗鬼に陥り、互いに相手があやかしを送り込んだのだと疑い始める。

多くのファンタジーで現代社会が風刺されているように、本作からもまた、様々なメッセージを受け取ることができる。

「道は人を繋げ、国を広げる良きものではないのですか?」
「道は人を変え、国を変えます。だが、山は変わらないし、変わることを望んでいない」

「道は確かに人を動かすだろう。物を四方に運ぶだろう。だが人も物も流れ去った山はどうなるのか。奉じる人のいなくなった神はどうなるのか」

「正義は誰か一人で決めて良いものではない。そのために、皇子と鎌足さまがこれから作る国の形と法の秩序が大切になってくる」
「ですが、心に正義の炎のない者が誰かを裁いたりすることはできません。法はその炎を燃やす助けでしかないはずです」

「人の命を弄んで事を成そうというのは、数ある術の中でもっとも醜いものだな」

「よそから持ち込んだ考えで装えば無理が出る。多くの者が傷つき、この騒ぎとは比較にならぬほどの悲劇が起きると何故わからないのだ。強い国、大きな国など、悲しみしか生まない。強さの上に立った民の幸せなど幻に過ぎん」

萌えあり(物部の姫・広足はマジヒロイン)、燃えあり(広足が仕える賀茂役小角はアツい)で、エンターテインメントとして純粋に楽しめる。と同時に「この国のかたち」について、読者に問題提起している。

この物語から15年ほど後に壬申の乱が起こる。その重要人物も登場しており、大海人皇子が吉野の山中から無事、脱出できたのは山の神の加護があったからか、などと邪推してしまう。本作の世界観で壬申の乱も読んでみたい。



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by non-grata | 2014-07-11 16:31 | 読書

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