おっさんノングラータ

『月下上海』感想

d0252390_1423845.jpg「食堂のおばちゃんが松本清張賞を受賞した」とNHKのニュースで報じられていたのを見て購入。「船が東シナ海から揚子江の河口へ入ろうとする時、甲板にいる船客は不思議な光景を目にする。青白い海の水の先に、茶色い水が広がっているのだ。(略)船は青白い水域から茶色い水域へと入っていく。(略)水は水平線の果てまで茶色と青白い色に分かれたまま、見えない壁に隔てられているかのように、決して交わらない」という冒頭の一文で、頭の中は戦時下の上海へ。色のコントラストも見事だが、主人公が日常から切り離されて非日常に放り込まれたことも強く印象づける。

もっとも主人公の日本での生活も庶民からすれば「非日常」なのだが、それ以上の、戦時下で、上海のような猥雑な街でなければ許されないような冒険が待っているのだ。

絵描きである主人公が日本で事件をやらかして上海にやって来るわけだが、小説はその今と、やらかした過去とを交互に描く構成になっている。過去が現在に追いついたかと思えば、そこから新たな物語へと発展して、最後まで一気に読ませます。「戦時下」「女性が主人公」「超展開」の三つのキーワードは『チャーチル閣下の秘書官』と共通しているが(ついでに実在の人物を登場させることで物語に妙なリアリティを感じさせてくれるのも同じ。チャーチルに対してこちらは菊池寛だが)、こちらは読んでいて様々なものの匂いが漂ってきた。

以下、印象に残った台詞など。

「琵琶の音色の違いに似ていると思いませんか? 指でつま弾く支那の琵琶の音は、柔らかく、多彩で、色とりどりの花が咲いているようです。撥で弾く日本の琵琶の音は、強く、シンプルで、風にしなう青竹のようです」
主人公が漢詩の北京語の音読と日本語の読み下し文との違いをこう説明した。北京語の音読も支那の琵琶も聞いたことがないけれど、妙に説得力がある。

「人は思い出だけでは生きられない。今を思う心と、過去を偲ぶ心は、住む場所が違うのです。だから、共存出来る。忘れられない人がいても、別の人と共に歩むことができる」
そんな機会は訪れることはないだろうが、言えるものなら言ってみたい台詞だ。



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by non-grata | 2013-07-23 14:51 | 読書

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