おっさんノングラータ

『国富論』の良き入門書|『新・国富論』感想

d0252390_14274326.jpg同じ『新・国富論』の題で大前研一も一冊書いているけど、そちらは未読。

『国富論』を読んだことがないどころか、経済学を学んだことさえない自分にとって、非常に勉強になる一冊だった。「グローバル経済」の今を「長屋」住まいに喩えて解説してくれた後、『国富論』の概要を説明しつつ、『国富論』を通じてグローバル経済を考える。しかし第二次グローバル化時代に書かれた『国富論』では、第三次グローバル化時代の今を解説するには不十分なので、著者と一緒に『新・国富論』を考えるという構成である。その結論は『「通貨」はこれからどうなるのか』へと通ずる。

注意したいのは、グローバル市場と国際市場は異なるということ。国際経済は、それこそ国の数だけ市場が存在するが、グローバル市場は一つだけである。これまでは日本製品がアメリカやヨーロッパの市場を席巻するという言い方ができたが、ヒト、モノ、カネが国境を越えて自由に動き回れる第三次グローバル化時代では、そんな考え方は通用しない。

例えば「日本製品」と言っても、製造工程全てが日本とは限らない。部品の一部は国産、一部は韓国や台湾製で、製造工程は中国で行われ、といった具合に、『国富論』では市場が進化させると言われた「分業」が、ワールド・ワイドに、そしてシームレスに行われる。単純に、国際市場の拡大版がグローバル市場だと考えがちだが、全く異なる原理で動くことをわかっていなければならない。

本書で紹介される「羊羹チャート」は、そのことをよくわからせてくれる。例として引き合いに出されるのが液晶テレビの製造工程で、4段階の製造工程ごと、製造メーカーの国籍と生産立地の割合を立体的なグラフで表している。国際市場が二次元で表現できるならグローバル市場を表現するには三次元が必要になる、といったところか。

となれば、「円安で輸出企業の業績が回復」なんて単純な原理が働くはずがない。その逆、「円高で輸出企業の業績が悪化」との主張は、少なくとも「グローバル」を看板に掲げる企業であれば、経営陣の無能さをごまかしているに過ぎない。

で、『新・国富論』とは?

『国富論』では、付加価値が国内市場に向いた時に「見えざる手」が働いて万事うまくいく、と説かれていた。二国二財モデルが働く第二次グローバル化時代ならそれで良かったが、「羊羹チャート」のグローバル経済時代はそういうわけにはいかない。国際市場の枠がないので「見えざる手」が働かないからだ。

では、どうすれば? その結論はいささかロマンチックなので肩透かしを食らうかもしれないが、本書を最初から最後まで読めば納得できるはずだ。



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by non-grata | 2013-01-17 14:25 | 読書

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